第3話 和泉若菜という少女
「和泉若菜。うちの高校の3年生。出身は青森だが、幼少期にすでにこの町に来ている。身長160㎝。体重53㎏。亜麻色の髪の毛を一つに束ねている。たれ目。視力両目A。福耳。聴力問題なし。虫歯無し。人並みの日焼け腕。Cカップ。ややくびれあり。スタイル的には優良な方。人当たりもよく、友達も多め。評定平均3.4と頭脳はまあまあ。バレーボール部だけど、スタメンは張れず。でも持ち前のリーダーシップで副部長兼下級生サポート係を任される。彼氏は幼稚園から含めて3人。経験なし。現在不登校中」
彼女から告げられた情報は、途中要らないんじゃないかと思うほど細かかった。
「不登校中?」
「ああ、2週間来ていない」
2週間を不登校と呼べるのかは定かではないが、とりあえず彼女は外に出られる状態にないということなのだろう。
「まあ、彼女の性格上、人間関係等のトラブルで学校にいけないなんてことは無いだろうから、それ以外の因子と推察できるがな」
「それ以外?」
「あー、なるほど。てことは、イリスじゃなくてモリスの方ってこと?」
笠木は何かわかったかのように相槌を打つ。
「まあ、そういうことになるな」
「ちょっと待ってよ。そこんところ、ちゃんと教えてよ」
「校長から聞いてないのか?」
「うん」
本当は聞いているのかもしれないが、生憎僕は長い話が苦手なのである。どれくらい苦手なのかというと、ピーマン以上ゴキブリ未満といったところである。
「ピーマンのおいしさを知らないとは、おこちゃまの下をお持ちのようだな」
心底馬鹿にしたような笑みを浮かべる千桜さん。いや、そこは認めるけれど、そこまで生き生きとしますかねぇ。
「ともかく、僕はその辺の話を一切知らないんだ。だから、ちゃんと説明してくれよ」
「残念ながら、それはできないな」
少女はその脆そうな指で僕を指した。
「できないって、どういうこと?」
「できないはできないだよ。それ以上でもそれ以下でもない。不可能で、不能なんだよ。無能じゃなくて、不能な」
少女は先ほどの微笑みを抹消した。まるで、人格が変わったかのような形相である。
「
「でも、それじゃ、僕はどうすればいいんだ?」
すると、少し黙っていた笠木が声を発した。
「俺らの願いは、彼女に憑いている悪いものを取り除きたいってことだけ伝えよう」
「悪いもの?」
「そう悪くて、強いもの。せーたろーには、その悪いものを連れてきてほしいんだ。そしたら、その後は僕達で対処するからさ」
「……うーん、なるほど?」
回転いすでぐるぐる回っていた少女は、途端僕の方を向いて、「君は」と呟いた。
「君は、まだ信じきれていないんだろうな」
その指摘は、完全に的を射ていた。それもそうだろう、いきなりそんな超現実的な話をされたところで、はいそうですかと納得できる人も少ない。この人たちは何となくで、オブラートに包みこんで、僕をとりこもうとしているけれど、しかし僕だってそこまでの純粋無垢なアホではない。
この人たちは、怪異的なものと戦っている。
「ええ、そうですね」
「あ、せーたろーが本気の眼をしている」
笠木、ちょっと黙っててくれないか。
「そうか、なら、証拠を見せれば、信じてもらえるかな」
「証拠、ですか?」
すると、彼女は回転いすから降りた。その小さな体躯が、僕の視線の虜にする。一挙手一投足に注目する。彼女は数歩歩いて、周りを気にし始めた。
瞳を閉じ、じっと静寂が包む。
すると、彼女は光り輝いた。彼女を包んだ光は、やがて彼女の服へと変化を遂げた。何もかもが衝撃的で、劇的だった。
「……!」
頭にティアラを乗せ、純白のドレスにグローブを身にまとう。うっすらと彼女を覆うのは、羽衣のようだった。
「わが名はアレス。傾国の美女にして、傾国の王妃」
その雰囲気は、先ほどまでの千桜さんの雰囲気とは全く異なるものだった。
「これで分かってもらえたかしら」
「で、でもそれは単に早着替えというか、そういうやつでしょ?」
「察しの悪い人だこと」
そう言うと、彼女はそのティアラを手に取った。ティアラに口づけをすると、そのティアラは短剣へと変わった。
「これは本当は言うつもりなかったんだけど、さっきのは嘘ね」
「あなたにも、憑いているということですか?」
「私の場合は、憑いているというよりは取り込んだに近いけれど」
彼女は、自分の補聴器をとんとん叩いて、「代わりに、聴力を失ったんだけどね」続けて眼鏡を取り、「視力も」と笑った。その笑顔は、寂しさも悲しさもない、屈託のない笑顔だった。
「後でちゃんと話そうと思ったんだけれど、疑われちゃあしょうがないものね。私はね、彼女の友達と一緒に卒業させてやりたいのよ」
「……友達」
「なのに、毎年毎年邪魔する輩が現れて。だから、こうやって武器も作ったわけ」
「……じゃあ、あなたは」
「そうよ。はるか昔からここに籠ってる。同級生って言うのも嘘ね。折角伏線張ったのに、無駄になったじゃない」
「すみません」
「どう、信じてくれた?」
「ええ」
「なら良かった。じゃあ、これ」
そう言って手渡したのは、ノートの端切れだった。
「和泉若菜の住所と、電話番号。それから、私の電話番号」
「なるほど」
「……いつでも、掛けてきていいからね」
見惚れられたな、と笠木はいたずらに笑う。
「お前は黙ってろ」
柊千桜のその笑顔は、どっちなのだろうか。
いや、どっちもであってほしい。
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