8.野望の無職 その2


「リーダーは何て言ってたの?」


 マリカは優しく言葉にする。リンタは椅子に座って答えた。


「残念でしたねって。アグリーの街に着いたのが遅かったからしょうがないよ」

「もしトンボさんに会えてたら説得してチームに入ってもらえたと思う?」

「うーん、そう言われると難しかったかもしれないね。一応説得するのは得意な方だから、もしかしたら九月限定で所属してもらうことはできたような気もする」


「私はリンタが説得しても無理だと思う」

 言いながらマリカはトンボとのチャットを一部見せる。



『俺はどんな条件でもチームに所属する気はないし、パーティーも組まない』


『なんでですか?』


『ただの縛りプレイだ、自分のゲームスキル向上のためにやっている』


『スゴイですね、ストイック』


『頑固なだけだ』



「こんな感じ。だから厳しそう」

「本当だ。もったいないな。こんなに強いんだから、チームに所属してチームイベントの報酬とか狙えばいいのに。チームメイト全員もらえるし、ちょっと顔出すだけでいいんだけどな」


 リンタは顔を顰めた。これまでも様々なチームに誘われたであろうトンボがここで都合良く手を貸してくれることはなさそうだ。やはり電話で相談した通り、マリカとフレンドになっておいて、さりげなく場所を聞き出すしかなさそうだ。


「確かにこれじゃあ仕方ないな。いろいろありがとうね、マリカ。せっかくだしフレンドに……」

「待って! この会話の続き見てみない?」


 言うと同時にチャットの履歴をスクロールしていく。



『頑固なだけだ』


『私も強くなりたい。1位になりたいし、ゲームもクリアしたいです!』


『8位の俺が言うのもなんだが、トップ20はバケモノしかいない。その上VIVAランキングバトルは半年に一度だけだ』


『それでもVRゲームで生きていくのが私の夢なんです』


 トンボの説教のような独演が流れる。


『いいか、よく聞け』

『VIVAランキングバトルは六月と十二月だ』

『まずはステータスを上げて戦力の数値を10000位以内にしないと、VIVAランキングバトルの参加資格を得ることができない。というより順位すら表示されない』

『次のVIVAランキングバトルは十二月にある。四ヶ月後だから、まだ時間があると思うかもしれない』

『それは違う』

『マリカも強くなるだろうが周りも強くなる』

『受験と一緒だ。人と同じように勉強していても合格は近付かない。時間をかけ効率を良くして地道に人より一歩でも多く成長していかねばならない』


『わかります』


『そして受験と違うのは、課金という近道もある点だ』

『現実では悪とされることが多いが、ゲームの中だけで言えば課金は正義だ。運営会社のためにもなるからな』

『ランカーになるには時間も金も必要だ』

『ゲームクリアに至ってはボスである魔王のいる場所すらわかっていない』

『確かにゲームクリアの段階で1位になっている必要はない』

『柔道の世界王者が敗北し、王者でなくなったとしても敬意は払われるだろう。1位というのは「元」であっても輝くものだ』

『とはいえ、「1位」と「ゲームクリア」、二つもの目標を達成するのは厳しいぞ』

『格闘技の二階級制覇、といったところだ』


『それでも目指したいんです! トンボさんのおかげで、自分の決めた覚悟がいかに甘いものだったかわかりました。私、V3で生きていけるようにできることをやり切るつもりです』


 この時点でリンタはピンと来ていない。何せVIVAランキングバトルの話ばかりだからだ。


 ここから急展開を迎える。


『頑固だな』


『私の師匠が頑固ですから』


『わかった。じゃあ今からランカーになるためのチャンスを三つ教える。そのチャンスを掴むためなら俺はマリカに協力する』


『ホントですか!?』


『ただしチャンスは自分で探せ。決定打がほしいときにそれぞれ一度だけ手伝ってやる』


『ありがとうございます! 必ずトンボさんのランキングに追いついて見せます』


『待っている。では三つのチャンスを教える』


『はい』


『「強いチームに所属すること」「レア職を得ること」「鍛錬は効率よく誰よりもやること」』





「さて」


 マリカはチャットを閉じる。


「私からお願いがあるの。リンタのチームに私を入れてほしい。もちろん今の私は弱いけど、必ず強くなるから。その弱い私を受け入れてくれたら、私からトンボさんを誘うわ。『強いチームに所属すること』ができるなら、トンボさんは協力してくれるというのをリンタも見たでしょ?」


「す、すごい! すごいよマリカ!」


 リンタは驚愕していた。それ以上に歓喜していた。トンボの協力を得られることに、そしてマリカの強い思いに。まだ初心者だが、伸びるために最も大切な「覚悟」を持っているようだ。あれだけトンボの説教を受けても貫こうとする強い意志。トンボのアドバイスを受けながら成長すれば彼女は飛躍的に伸びるかもしれない。


 さらにリンタへの説得方法。


 いきなり「チームに入れてください」ならば、リンタは断っただろう。口だけでトンボを説得しますでも信じなかっただろう。チャットを見せながらのリンタに響く適切な言葉選び。


 リンタは終わってから気付く。


 マリカは武器を持たず、文字と言葉で戦っていたのだ。





 例え言葉であろうと戦いには手を抜かぬ、持てるすべてで立ち向かう。


 野望を持つが未だ無職、名は「マリカ」。


 VIVAランキング外。


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