7.野望の無職 その1


 マリカとリンタは近くのハワイをモチーフにした喫茶店へ移動した。リンタの荷物が大きすぎて席をひとつ余計に取っている。


 マリカはリンタに出来事をひとつひとつ話す。


 六人でパーティーを組んでいたこと。何度か草原に冒険したこと。二週間前にその六人で森まで行ったこと。急に黒いライオンみたいなモンスターが現れたこと。マリカ以外はあっさりやられたこと。そこへトンボという人が来て助けてくれたこと。


 リンタはマリカの話がひととおり終わるまで、頷きながら聞いていた。


「やっぱりそんな強いモンスターが出るのは珍しいことなの?」

「珍しい。というか初めてのケースだと思う。どうして序盤の森にそんな強いやつが出たかはオレもわからないや。運営には連絡してみた?」

「したけど、『プログラム上特に異常は認められません』って」


 リンタは腕を組んで考える。


「そっかあ。じゃあプレイヤーの仕業なのかな?」

「モンスターを仲間にする職業とか?」


「それはたぶんないかな」

 リンタは横に首を振る。

「V3にはモンスターを仲間にする、テイマーっていうんだけどさ、そういう職業はないんだ。敵を仲間にできるスキルもない。例外としてモンスターを連れて行動できる職業もあるけど、敵を倒したり捕まえたりして仲間にするわけじゃあないし」


「じゃあなんだったんだろう」

「近くに他のプレイヤーはいた?」

「ううん、トンボさんも近くにモンスターやプレイヤーはいない、って言ってた」

「ますますわからないなあ」


 二人とも沈黙する。しばらくして埒が明かないと判断したリンタは他のことを尋ねた。


「そういえば一緒に組んでいたマリカ抜かすと五人だっけ、他のプレイヤーはどうしたの?」


 マリカは苦笑いする。そんな表情も可愛らしい。リアルだとモテるのかな、などとリンタは考える。


「パーティーは解散したの。ひとりはもうV3を辞めっちゃった。で、三人はもうエクスプローラーはいいから、って言ってコンシューマーになってる。あとのひとりはもっと強い人たちと組むって」





 エクスプローラーとコンシューマー。V3ならではの特性である。


 エクスプローラーは冒険者、コンシューマーは生活者と訳す。


 V3では現実で買える日用品も販売されているため、冒険をするエクスプローラーだけでなく、お買い得な日用品を買う目的でログインする生活者、つまりコンシューマーも大勢いるのだ。コンシューマーたちは冒険に行くことなく、V3の世界で現実の買い物をしたりSNSを利用したり映画を視聴したりしている。


 良い面を言えばゲームをプレイしていなくとも十分に活用できるのがV3である。ゲームに飽きても実生活で役立つ。


 悪い面を言えばゲームのプレイヤー数が当てにならないということだ。一億人のプレイヤー数を謳っているが、エクスプローラーの間では実際には十分の一以下だ、と噂されている。そのあたりがV3というゲームを中堅に留まらせている原因かもしれない。


 とはいえ、バーチャルとリアルをこれほど密接に繋げたゲームは他にはない。ゆえにV3は中堅ながらも利用者数を伸ばし続けている。





 リンタは心底残念そうな表情をした。


「そうなんだ、悪いね、変なことを聞いて。オレも一年位前に所属してたチームがあって、そのチームメイトとよくパーティーを組んでたんだけど、やっぱりチームごと解散しちゃってね。だから気持ちはわかるよ」


 なんだか暗い話が多いな、リンタは思う。オレ、普段はもっと明るいのに。


 なんだか暗い話ばかりになっちゃうな、マリカも思う。私、結構明るいタイプなのに。


「「明るい話しようか!」」


 声が重なる。ふたりで目を見合わせる。やがてどちらからともなく笑った。ようやく弛緩した空気が流れ始めた。マリカがジュースを一口飲み、尋ねる。


「そういえばわざわざ私がもう一度ログインするの待ってたよね、どうして?」

「あ! そうだった。本題を忘れてた」

「本題?」

「マリカに聞きたいことがあったんだ。あのさ、空き地でずっと練習してたよね?」

「うん」

「あれって、トンボに習ったの? なんか動きが似てたからさ」

「そだよ、トンボさんに教えてもらった」


 リンタの顔がぱっと輝く。

「じゃあさ、トンボがどこ行ったかわかる? 実は九月に、もう来月のことだけどイベントがあるんだ。半年に一度開催される『チーム・バトルロワイヤル』ってV3で一番のチームを決めるやつ。そこでうちのチームは優勝を狙ってるんだ。でも戦力がまだ足りないから、うちのチームに入らないかって誘いたいんだけど」


 しかし、マリカは申し訳なさそうに答える。


「ごめん、どこ行ったかはわからないや」


 リンタはわかりやすい。文字通り肩を落とす。


「そうだよね、トンボってチームにも入らないし、パーティーも組んだことないし、フレンドだってひとりもいなくて誰とも連絡取ってないからさ、直接会うしかないんだよね」

「私フレンドだよ」


「だよね。まあまあしょうがない、別にマリカのせいじゃあなく……え? ええっ!?」

「だからあ、私 フ レ ン ド だよ!」

「トンボと? どうやって?」

「普通に。助けてくれてありがとうございますフレンドになってくださいって」

「チャットとか電話とかするの?」

「フレンドなんだから当然じゃん! 電話はしたことないけど、チャットしながら鍛錬の方法とか、職業の選び方とか、何なら課金の仕方とかは聞いてるよ、普通に」


 椅子の背に持たれたリンタはため息をつき呟く。

「本当に普通だね……タイプだったのかな」

「ん?」

「なんでもない。少し、いやだいぶかな、びっくりしただけ。ごめんね、ちょっとリーダーと電話してきていい?」

「はーい、いってらっしゃーい」


 リンタの小さな後姿を見ながらマリカは思う。


 これがトンボさんの言っていたチャンスだ。後からゲームを始めたものがVIVAランキングを駆け上がるためのチャンスのひとつ。


「強いチームに所属すること」


 現時点でマリカはランキング外。十二月までVIVAランキング戦はない。上位のチームに入れる可能性は低い。だが私はリンタにとってトンボさんと繋ぐ架け橋のようなもの。手放したくはないはずだ。だが、チームに入れるには弱すぎる。ひとつのチームの上限人数は三十人。ランキング外を入団させる余裕はない。


 ならばどうするか。


 リンタの対応はどうか。最も確率が高いのは「とりあえずマリカとフレンドになっておけばいい」だろう。これをひっくり返す。切り札はある。やってやる。





 電話を終えたリンタが戻ってきた。

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