6.最弱の反逆者 その3
「ふざけんなよ! あんなんインチキじゃねえか! チートだチート! 勝ちようがねえだろうが! もう許さねえ、絶対にお前を潰す!」
試合後、喚くしっくすの前にリンタはいた。怯えて手を出さなくなるかもしれないと考えていたリンタだったが、無駄だったようだ。戦っても勝てないのは理解しているようだが、理解しているからこそもっと陰湿な嫌がらせをされることは目に見えていた。
「そんなことないよ、トリプル・リベンジは自分から相手に触れないと発動できないんだ」
「はぁ? そんなこと俺が知るわけねえだろ、この試合は無効だ無効!」
しっくすの興奮は収まらない。
「大体なんでてめえが先にくたばらねえんだよ、おかしいだろ! お前が先に俺のロックイーター食らったのによお!」
「オレはステータスアップをHPに集中させてるの。だからあれくらいじゃあ死なない」
「それを俺は知らなかったんだろうが! 無効に決まってんだろ!」
「それはないよ、契約したもん。だから有効。それよりアイテム全部出してよ」
「だから無効だっつってんだろ! 再戦しろよ!」
リンタはため息をつく。別にこちらに関わらなければ同じV3仲間として今までのことは忘れるつもりだった。しかし、反省は全くない。リンタだけではない、他のたくさんのV3プレイヤーにも迷惑をかけすぎた。
「最後だよ、契約したとおりだ。アイテムを全部オレに渡して」
「馬鹿かリンタ! さっきから何度も再戦って言ってんだろ、それで俺が負けたら渡す。さっきのは無効!」
何度もって、一度しか言ってないよね、と思いつつ、リンタは「強制執行」をタップする。
これはV3に実装されているAIが契約内容や会話を精査して判断を下す、裁判のようなものだ。そして明らかに非がある側は信頼度がワンランク下がる。
しかし、しっくすは最低のE。そこからさらに一段下がるとどうなるか。
即刻アカウント削除である。
V3では一旦削除されると二年間は登録できない。仮に再登録しても信頼度はEからのスタートのため、本当に心を入れ替えていないとすぐにアカウント削除となる。そして二度削除されると永久追放。V3はプレイできなくなる。
【しっくす、契約不履行のため信頼度ダウン】
【しっくす、信頼度不足によりアカウント削除】
「はあ削除!? もうやんねーよ、こんなクソゲー! 全然出会いもねえし。もっと出会いの多いゲームやりゃよかったぜ!」
そのまましっくすは白い光となって消えていった。
最後まで反省する気がなかったことにリンタは逆に救われていた。謝罪を聞いていたら罪の意識を感じたかもしれない。しっくすにひとつだけ感謝をした。
ちょうど女性が消えてもうすぐ一時間。リンタは空き地に戻ってきていた。おにぎりを食べながら先程の切り株に座って女性を待つ。すぐにログインしてくるなら間もなく現れるだろう。ログインしてこなかったら、日にちを改めるしかないのだ。
空き地を眺める。すると白い光が集まってきた。プレイヤーログインである。先程と同じ髪を後ろで束ねたTシャツにショートパンツの女性が現れる。すぐに剣を構え、素振りを始めた。一時間前にリンタが話しかけたことなど忘れてしまったかのようだ。
リンタは近付きながら感心した表情を見せる。
普通ログインしたらステータスやアイテム、他にもメッセージのチェックなどやることがいくつかある。それらを一切やることなく鍛錬を始めるプレイヤーは滅多にいない。
これは期待できそうだ、と思いつつ話しかけた。
「こんにちは。さっきはログアウトのタイミングにごめん」
女性は手を止めてこちらを向いた。話しかけたら無視されそうな集中振りだっただけに、リンタは安堵する。
「こんにちは。ううん、こっちこそさっきはごめんね。ええっと、リンタさんだっけ?」
「うん。オレのことはリンタでいいよ。よろしく。えっと君は?」
「ああ、私はマリカ! V3始めて一ヶ月の初心者だけどよろしくね」
中断させたのにも関わらず、魅力的な笑顔で返してくれた上、自分の名を覚えていた美人に少し気恥ずかしさを感じつつ、リンタは当たり障りのない会話を続ける。
「こっちこそよろしく。マリカって呼んでもいい?」
「オッケー! 私もリンタって呼ぶね」
「うん、呼んで呼んで! マリカは始めて一ヶ月かあ、じゃあもう街の外を何度も冒険してるころかな?」
「え……」
マリカから笑顔が消える。まだ冒険してはいなかったのか。慌てて話題を変える。
「ま、まあ冒険のタイミングは人それぞれだよね、それじゃあまだパーティーとか決めてどこへ行こうかとか相談してる時期かな?」
「パーティー……」
これもダメか。マリカの表情が暗くなる。まだパーティーも組んだことがないのか。そう判断したリンタはさらに別の話を振る。
「だ、大丈夫だよ、ホラ、ソロプレイヤーもたくさんいるし、この街の周りにある草原や森だと強いモンスター出ないから」
「出ない……」
マリカはついに俯いてしまった。リンタにとってはただの世間話がすべて失敗に終わり、動揺する。
「出たよ」
「え?」
マリカが顔を上げて言う。真剣なマリカの表情でリンタは即座に理解した。ただの世間話ではなかった。始めから自分は彼女の核心に触れていたのだ。
「森でものすごく強いモンスターが出たの! 私のパーティーはみんなあっという間にやられた!」
「最初の森で? まさか」
「ホントだよ! 私も死ぬかと思った。けど、凄く強い人が助けてくれたの!」
マリカには申し訳ないと思いつつ、自分の求めている内容に迫っているような気がする。リンタは話を促す。
「噂では聞いていたけど、強いモンスターに出会っちゃったの、マリカたちのパーティーだったんだ。それは災難だったね。その人って、サムライみたいな人?」
「そう、トンボって人」
ありがたい。リンタは思った。どうやらこっちも目的に近付いているようだ。
「その話、もっと詳しく聞かせてくれない?」
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