5.最弱の反逆者 その2
「久し振りじゃんリンタ。チームは去年の十月に俺が解散させたから……十ヶ月かよ、ほぼ一年振りだな」
「うん、久し振りだね、しっくすも元気だった?」
リンタは感情のこもらない声で返す。しっくすは金髪を短く刈り込んでいて、目線や話し方はどこか人を見下すような態度がある。それは十ヶ月振りでも変わっていなかった。軽くて動きやすそうな鎧を着て、腰には剣を携えている。
「ああ、元気だぜ。俺は念願の魔法剣士になれたしな。あれ? リンタも魔法剣士になりたかったんだっけか。悪いな。お前は職業何になったんだよ」
久し振りだというのによく覚えている。
確かにV3をはじめた一年前は魔法剣士に憧れていた。だが今はもう違う。リンタは早く立ち去りたかった。ところがしっくすはリンタの肩を掴み、勝手にプロフィールを覗いてきた。
これは正確な言い方ではない。
プロフィールは自分から開くこともできるが、本来は離れた距離からでも、相手をタップする動作をすることで、誰でも見ることが可能なものだ。最低ラインの安心を築くためのV3なりの措置である。それを「勝手に」と思うあたり、リンタの本心が伺える。
「はあああ? 何この職業『反逆者』ぁ? 何なのこれ、レア職?」
「うん、一応、レア職、だよ」
「聞いたことねえなあ、レア職って当たり外れ激しいっていうしな。見たところ特殊な装備もないみたいだし。どうなのよリンタ、反逆者って外れ? 魔法剣士のがよかった?」
「オレは、まあ、こういうのもアリ、かなって思うけど」
しっくすがだんだん図々しくなる。
「ぶっちゃけどういう職業なんだよ、特別なスキルとかあんの? おせーて?」
「レア職の人は、あんまりそういうの、言わないんだよ」
「え? いつからお前そんなにケチになったの? 正直性格悪くなったんじゃね? いいから教えろよ」
性格が悪いのはお前だよ、とは言わない。だがしっくすには、スキルを言わないと肩を掴んだ手を離してくれそうにはなかった。渋々答える。
「自分が受けたダメージを相手に跳ね返すんだ」
「それで?」
「それだけ」
「それだけ?」
「それだけ」
「魔法は?」
「使えない」
「攻撃スキルは?」
「ない」
しっくすは肩を離すと笑いながら言う。
「うはははは! マジかよ、まあお前嘘が嫌いだったもんな、信じてやるよ!」
そしてリンタの顔に近付き、低い声で話す。
「やっぱな。お前が6月のVIVAランキングで俺より上だったのを疑ってたんだよ。噂だと装備も攻撃も貧相だし、何でランキングいるのかわかんねえって話だったけど、今日会って噂通りだってことがわかったわ。確信したぜ。まぐれだろ、それか不正でもしたか? ん?」
リンタはしっくすが話しかけてきた理由を理解した。前回のVIVAランキングで負けたことが気に入らなかったのだ。
リンタは考えを巡らせる。
「まぐれでも、不正でもないよ」
しっくすはオレと勝負したいはずだ、それはいい。戦うのは構わない。でも、勝ったとしても粘着されるのは困る。そのためにはまず圧勝すること。二度と向かってくることがないようにしたいところだ。
「じゃあリンタ、証明して見せろよ。俺と対戦しようぜ、さっきは逃げようとしてたみたいだったけどなあ」
もうひとつ。指名対戦をギリギリ受けてくれて、でも実際行動に移すとなると躊躇するような条件を出すこと。
「指名対戦だね、この条件を飲んでくれるなら受けてもいいよ。『負けた人が勝った人に手持ちのアイテムをすべて渡すこと』。これでどう?」
リンタからの提案にしっくすは一歩下がり、考える。もし負けたらアイテムを失うのは苦しいかもしれない。とはいえリンタは桁違いに多くのアイテムを持っている。メリットの方が大きい。一応念を押しておくか。
「いいぜ、その条件で。ただ、お前のそのリュックの中身が空だったり、役に立たねえもんばかりだったりすると困るからな。お互い見せ合おうぜ」
お互いがアイテムを見せ合う。しっくすはHPやMPの回復薬、武器などの素材、レアな金属などの一般的な冒険者のアイテムに環境によって付け変えるであろう予備の装備品。
対するリンタのアイテムは。
「マジかよ……。どんだけ死にたくないんだよ」
おにぎりが二十個ほどと、ナイフが一本、残りはほぼすべてHP回復薬と状態異常の治療薬だった。
闘技場に持ち込めるのは装備品とアイテム五つまでである。リンタとフィールドで戦うとなると無数の回復薬を使われ大変かもしれないが、闘技場ならすぐに倒せるだろう。しかも回復薬の量。使わなくても売ればもうワンランク上の装備が買えそうな程だ。指名対戦の費用を払って余りある。
しっくすは堪えきれない笑みを漏らしながら宣言した。
「よっしゃ! 契約成立だ。リンタを指名する、俺と対戦しろ」
【リンタvsしっくす、十分後に対戦開始!】
数分で観戦チケットは大量に売れた。アグリーのようなはじまりの街でVIVAランキング上位同士の対戦が見られるのだ。ログインしている者は己の幸運を喜んだ。
観客席が熱気を帯びる。
先に登場したのはリンタ。手には見るからに高価そうなナイフ。赤、青、黄、緑。色の違う宝石が装飾されたナイフを装備している。しかし服装は住人のような簡素な服のまま。
開始時間直前に現れたのは魔法剣士しっくす。武器は魔法効果を吸収しやすい銀の剣。こちらも高級品である。鎧は皮からやはり銀製のものに変わっていた。左手には小型の盾も装備している。
観客のテンションが一気に高まった。
派手なエフェクトと効果音が響く。
【対戦開始!!】
まずしっくすは魔法を発動した。直後、全身が橙色の光に包まれる。魔法剣士は魔法を放つことができない。ただ人や物に付与するのみ。この魔法は対象の防御力を上げる効果を持っている。
軽装の相手の何に警戒するか。それはスピードである。魔法を付与する前にスピードで攪乱されると反撃が難しい。まずは耐久力を高めれば攻撃を食らいながらでも反撃可能。しっくすは防戦一方になる可能性を摘んだのである。
同時に試合前にリンタから聞き出した「ダメージを返す」という言葉。おそらく攻撃するとその攻撃が跳ね返ってくるものだと予想できるので、その対策にもなる。
防御を固めていれば思わぬタイミングで反撃されても耐えられるだろう。まずは防御を固めることだ。
そして攻撃。一番いいのは反撃される前に強力な攻撃を叩き込み、初手で倒してしまうことだ。反撃も何も相手が倒れていれば発動しない。次は強力な攻撃が必要だ。
続けて銀の剣に魔法を付与しようというタイミングでリンタが動いた。直線的に向かってくる。
遅い。
観客の誰もが思った。
いや、決して遅くはない。アグリーの街の闘技場ではどちらかというと速い方である。しかしここははじまりの街。ランキング10000位にすら入らない、すなわちランク付けされない者たちの街である。この程度では期待外れだった。
しっくすは攻撃力アップの魔法を剣に付与した。
さりげなく付与したが、実は魔法剣士の中でも使える人間はごく僅かという強力な魔法である。岩ですら斬れるほどの攻撃力アップに加え、斬った箇所に追加でもう一度同じダメージを与える効果がある。
同程度の魔法剣士であっても一振りで倒せる魔法剣。
名をロックイーター。
目の前に迫ったリンタに横薙ぎでロックイーターを振るう。リンタは急停止をして寸前で躱す。しっくすは連続で斬りつける。リンタは悉く躱していく。
大振りになったときリンタが懐に入る。
観客の期待は次に移っていた。スピードではなかった。少々躱すのが上手いだけ。魔法を使う様子もない。ならば攻撃に何かある。
あの宝石がついたナイフ。きっと何かある。
リンタは回転しながらしっくすを超近距離で斬る!
キィン。
ナイフは盾を避けたが、防御力のアップした鎧に普通に弾かれた。リンタはしっくすと距離を取る。
なんだこいつは? 観客のリンタへ注ぐ目は期待から失望に変わっていった。
そして印象が逆転する。これではちょっと体捌きの上手いただのナイフ使いではないか。つまらない。しっくすは確かにいけ好かないヤツだが、強い。魔法剣も派手だ。早く倒してしまえ。
早く倒してやる。しっくすも思う。必殺の二回攻撃を食らってくたばれ。
素早くリンタに近付き、フェイントをかけてからロックイーターを斜めから斬りつける。完璧だ。
斬られる一瞬、リンタが自ら斬られに行ったようにも見えたが、ロックイーターはリンタを捉えた。
派手なエフェクトとともにリンタから血が飛び散る。
追加攻撃により、さらにもう一度血が飛び散る。
さらにもう一度。
さらにもう一度。
さらにもう一度。
さらにもう一度。
さらにもう一度。
さらにもう一度。
二度斬られたリンタは傷を負いながらも平然と立っていた。
六度斬られたしっくすは二度目ですでに絶命していた。闘技場では死亡扱いにならないが故、HPがなくなったあとも執拗に斬られたのだ。鎧は無傷のまま、身体だけを斬られて。
試合開始から数十秒。
一分にも満たない時間で勝敗は決した。
観客は何もされていないのに何度も何度も斬られて倒れた魔法剣士を呆然と見ていた。
「トリプル・リベンジ」
攻撃、防御、スピード、魔法、すべてに適性なし。
ただ、負ったダメージを返すのみ。
最弱の反逆者、名は「リンタ」。
VIVAランキング12位。
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