4.最弱の反逆者 その1


「さすがにもうアグリーの街にはいないかな」


 リンタは呟く。


 細身で身長は160cm弱。成人はとっくに過ぎたはずだが、どことなく幼さの残る少年顔。戦士風でも魔導士風でもない、町人のような簡素な服装。


 唯一異常ともいえるのが、小さな身体以上に大きなリュックを背負っていることだ。


 V3では、装備品以外のアイテムは五分の一サイズにして持ち歩くことができる。数に多少心得のある者ならわかるだろう。五分の一サイズになれば体積は三乗に比例する、つまり百二十五分の一。

 現実世界の百倍以上の荷物を運べるのだ。


 それなのにこの荷物量である。常識では考えられない。リンタは人々に見られながら街を歩いていた。


 やがて多くの目を向けられることに恥ずかしくなったせいか、人通りの少ない街の外れへと歩みを進めていった。


「ふう、次はウッドペッカーの街へ行こう」


 街外れにあった空き地の切り株に腰かけ、おにぎりを頬張りつつ今後の予定を立てる。V3の世界でも食べ物を味わうことができた。


 当然現実の空腹は満たせないのだが、ゲーム内で空腹になると能力が一時的にダウンする。また、摂取する食べ物によりステータスアップの効果があるため、V3内でも食事は重要であった。


 物音がして顔を上げると、空き地を挟んで反対側に人影を見つけた。人影は女性のようだ。緩急をつけて動き回る。剣の素振りや回避行動など戦うための動きだ。リンタとは距離が離れているが、鍛錬をしているのはわかる。リンタは次のおにぎりを食べながら何の気なしに鍛錬する様子を見ていた。


 九個目のおにぎりを食べているとき、リンタは立ち上がった。動きに見覚えがあったのだ。改めて女性の動きを凝視する。


「やっぱり、似てる」


 おにぎりを口の中に放り込むと、巨大なリュックを背負い人影に近付いていった。やがて顔がはっきりと認識できる距離にまで到達すると、女性もようやくリンタに気付いた。

 女性は白いTシャツに黒のショートパンツ。とてもゲームの世界にいるようには見えないラフな服装だ。髪は長く明るめの茶色で頭の後ろでひとつにまとめていた。


 警戒心を与えないよう、リンタは笑顔で挨拶をする。


「こんにちは。はじめまして!」


 同時に自分の前にプロフィールを表示させ、女性に見せる。


 V3の世界では現実で行ってきた多くのことが実装されている。コミュニケーションひとつとっても様々な手段が存在する。


 チャットをしたり直接会話したりはもちろん、V3内の掲示板に書き込むことやブログを開設すること、V3内のSNSで呟きを投稿すること、動画配信することなど。特定の相手とフレンド登録をすれば、V3内でメールや電話をしたりすることも可能だ。


 その中でも初対面の相手に便利なのがプロフィール表示。


 どんな人物かが一目でわかる。

 自らが記入する自己紹介欄だけでなく、変更不可のV3歴やプレイ時間数、名前、総戦力、信頼度が確認できる。ちなみに細かい能力値、所持金、荷物、職業を見ることはできない。


 初対面で特に役立つのが信頼度。AからEの五段階で表されるものだ。Cからスタートし、荒らし行為や迷惑行為、不当なプレイヤーキル、虚言暴言などを行ったプレイヤーは信頼度が下がる。悪質だとアカウントそのものを削除されるケースもある。反対に人助けをしたり、フレンドが多かったりすると信頼度は上がる。


 しかも偽装は不可能。


 ゆえに信頼度がB以上であれば警戒する必要はほぼないと言える。


「オレ、リンタっていうんだ。よろしく」


 明るく話す。しかし女性は微笑んでいるものの、何も答えない。警戒しているのではなく、どちらかというとどうしたらいいかわからない様子だ。


「ごめんごめん、いきなり話しかけて。でもオレは怪しい人じゃあないよ、ホラ信頼度もAだし」

「あ、ごめんそうじゃあなくて」


 女性が返事をした。返事が返ってきてリンタはほっとしたのも束の間。


「違う! もうログアウトのじか……」


 女性が光を放ち消えていく。ゲームからログアウトしたのだ。



 空き地にはリンタだけが残された。


「あっちゃあ、六時間だったのかあ、残念。じゃあ一時間したらまたここに戻ってくるしかないなあ」





 そう、これはVR時代だからこその現実的処置。


 すべてのオンラインカプセルの利用においては特殊な場合を除き、六時間ごとに一時間の休憩を取らなければならない。


 途中にトイレなどの自主的な休憩をしたとしても一時間未満の休憩はカウントされず、トータルで計算されるようになっている。オンラインカプセルを合計で六時間利用したら、強制的に一時間はネットにアクセスできなくなるのだ。その代わりV3では再びログインしたときに自動で満腹状態になっている。


 さらに一日に最大で十六時間までの利用と定められている。十六時間を越えると日付が変わるまでの間、やはりネットへのアクセスができなくなる。


 ちなみに特殊な場合とは、オンラインで授業や講義を受けている最中や、医療行為の受診中、重要書類データの入力中などであり、かなり限定されている。ゲーム中は当たり前だが該当しない。


 まだある。それは毎月の健康診断機能を搭載すること。カプセル内でスキャンされたデータが医療機関に送られ、診断結果を本人や家族へ返却するというものだ。


 これらはすべて法律で決まっている。強制ログアウト機能および健康診断機能のないオンラインカプセルの販売は法律違反であり、販売者だけでなく利用者も罰せられる。


 オンラインカプセルが「一家に一台」から「ひとり一台」と言われるようになった時代だからこその安心安全のための対応。


 学校も仕事も買い物も、一部を除いてほとんどがネット上で行われるようになったのだから当然かもしれない。

 実際に学校や職場に足を運ぶのは、平均して週一回というデータもある。部活動をしている学生や現場仕事に従事している労働者以外は、わざわざ出かける用事を持たない。

 多くの時間をカプセルの中で過ごすのだ。


 だからこそ健康面に配慮した法律が整備されていったことは当然だったのだろう。





 リンタも普通のこととして受け入れていた。女性がログアウトし、取り残されたリンタは考える。


「一時間後にまた来よう。でも、一時間何してようかなあ。さすがに他の街に移動するのは面倒だし、この街ではほしいものないし」


「あ、そうだ! 闘技場に行ってみよう!」




 闘技場。


 それは対戦系ゲームにおける醍醐味のひとつである。ロマンと言っても言い過ぎではない、はずだ。


 闘技場で対戦にエントリーすると、総戦力の数値を元に自動で対戦相手がマッチングされる。そして十分間の一本勝負。勝てばそれなりのアイテムや賞金が手に入り、負けても死亡扱いにはならない。


 損することにはなるが、一定の金額を払うことと、相手からの了承や条件を受けられれば、対戦相手を指名することもできる。一度負けた相手への再戦ならコスト不要の反攻機能もある。


 また、観戦チケットを購入すれば一日中好きな試合を見学することも可能だ。現実世界で格闘技の試合を観戦するのとほとんど変わらない。訪れる人が盛り上がれる施設なのだ。


 しかし闘技場のエントリーリストを見て、リンタは苦々しい表情をしていた。

「なんでこいつがここにいるんだよ……」


 そもそもリンタは人をあまり嫌わない。誰とでも話をするし、仲良く楽しみたい。V3での彼のモットーは「強く楽しく」である。


 そのリンタがどうしても好きになれない人物。元チームメイトでもある。



 気に入らない相手を執拗に攻撃し、女性プレイヤーにリアルで会おうと誘い、断られれば暴言を吐く。


 アカウント削除ギリギリで留まる信頼度Eの魔法剣士、名は「しっくす」。


 VIVAランキング270位。



 リンタは身を翻した。しっくすとは関わり合いになりたくない。闘技場以外で時間を潰そうと思ったのだ。


 だが人は、往々にして「これだけは嫌だ」と思っているものに、まるで狙い撃ちされたかのように出くわしてしまうことがある。


 今のリンタがまさにそれだった。


「ん? お前リンタじゃねえか」


 しっくすが目の前にいた。

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