3.孤高のサムライ その2
その姿はまさしくサムライ。
藍色の着物に白袴。羽織は右側が黒に左側が白、黒い部分には白い松の柄。軽装ながらも重厚感のある出で立ち。二十代後半の寡黙そうな男である。
何よりも目を惹くのはそのカタナ。本来カタナは刃の部分は約60cmから90cm程度と言われているが、この男の持つカタナは基準より明らかに長い。刃だけで倍の180cm近くはある。
当然、扱いづらい。
ゲームの世界とはいえ、プレイヤーの動きには自身のイメージが反映される。長いカタナを扱うには慣れと鍛錬が必要なのだ。
加えてV3はパーティープレイを前提としたゲームである。ソロプレイヤーもいるにはいるが、パーティーを組むより明らかに戦力で劣る。
「逃げろ」
男が小さな声で話す。
マリカははじめ、自分に向けられた言葉だと気付かなかった。しかし、真っ黒なライオン型モンスターが反対の爪を振り上げた瞬間、我に返った。そして男の言葉を理解し、走り出す。
身体が震えていた。ゲームのキャラクターであるにもかかわらず、歯がガチガチと鳴る。涙が零れる。
マリカは走りながら
「怖かった」
「みんなを守れなかった」
「逃げることさえできなかった」
「みんな痛そうだった」
「こんな強いモンスターに近付くまで気付けなかった」
「私は何もできなかった、リーダーなのに」
「全然知らない人に任せてしまった」
「覚悟は決めたはずなのに」
と、いくつも後悔をしていた。
覚悟。
それは為すべきことの結果を大きく左右する。勉強もスポーツも、いや、たとえ趣味であったとしても覚悟のある者は結果を残せる。
ナンバーワンになれるかどうかは才能や運も関わってくるかもしれない。だが最終的に何かを成し遂げるのは、覚悟を持った者たちだ。
マリカには覚悟がなかったか。
いや、僅かながらマリカにも覚悟があった。身体を震わせ、涙を流し、恐怖に押しつぶされそうになりながら、マリカは走ることをやめた。
振り返り、涙を拭うと今逃げてきた道を全力で戻り始めたのだ。
たかがVRゲームのことである。たしかにV3では一度倒されると、「街を出てから得たアイテムは失い」、「最後に立ち寄った街に戻され」、「一時間ログインできず」、「再ログインしてから四時間は能力が弱体化する」というデスペナルティが存在する。
しかし、死んだ仲間たちも復活する。もし痛覚設定をOFFにしていれば、敵に倒されても痛みすら感じない。痛覚設定をONにしているのは自分の責任。考えようによっては大したことではないのだ。
だからこそだ、とマリカは思う。
大したことのない、たかがVRゲームのワンシーンごときにどれだけ情熱を込められるか。覚悟を決められるか。それがこの世界で成り上がることだ、と。自分は倒された仲間のために、助けてくれた名も知らぬサムライを見届けるためにあの場所へ戻らなければいけない、と。
マリカは痛覚設定をOFFにしていない。倒されれば痛いだろう。恐怖がせり上がってくる。それでも戻った。自分のちっぽけな覚悟に殉じるために。
密集した木々を抜け、視界が開ける。
マリカの目が黒いライオンとサムライを捉えたその瞬間、黒い炎が放たれ、サムライを襲った。漆黒の炎がサムライを焼く。
それはあまりに残酷な光景。
仲間を失い、助けに入ってくれた人が助けたせいで巨大なモンスターの犠牲になる。あのサムライはそれなりに実力者のはずなのに。私のせいで。
否。
そうはならなかった。
そうならないで済んだのは純粋にサムライの強さだった。
サムライは黒い炎を長いカタナで受け流したのだ。すると黒い炎は吸収されるかのようにカタナに纏わりつく。
「ぬるい」
黒い炎を纏ったカタナを持ったままライオン型の敵に向かって疾走する。敵はその爪を振り上げてサムライを切り裂こうとする。だが、サムライはさらに速度を上げ、爪をかいくぐって懐へ入り込み、そこで一閃。あっさりと敵の胴体に大きな傷を負わせた。
傷口から血が吹き出す。
さらにカタナに付いていた黒い炎は、すでに元の持ち主であるライオン型モンスターを焼き始めていた。サムライは自らの黒い炎に焼かれているモンスターの背に飛び乗る。炎を物ともせず、すぐさま長いカタナで脳天を突き刺した。
黒い怪物は数秒藻掻いてみせたが、焼かれながら血の海に沈んだ。
マリカのパーティーメンバー五名の命と、マリカ自身の心をへし折り、震えて動けなくなるほどの相手を二撃。
爪も黒い炎も意に介さず、たったひとりで討伐した男。
V3プレイ当初からチームに属さず、パーティーを組まず。
孤高のサムライ、名は「トンボ」。
VIVAランキング8位。
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