2.孤高のサムライ その1

 マリカたち六名のパーティーは街を出て、草原を越え、森に入った。


 と言っても現実の話ではない。VR、いわゆるオンライン上の仮想現実空間の出来事だ。マリカたちはこのVR内を冒険していた。





 ここはV3(ブイスリー)と呼ばれるVRゲームの中である。


 正式名称『Viva Variant Virtualife(ビバ バリアント バーチャライフ)』。Vが三つ並ぶところからV3と呼ばれる。


 世の中に数多くあるVRゲームのひとつ。


 ゲームとはいえ、コントローラーを握ってキャラクターを操作するのではなく、オンラインカプセルに入るだけでいい『フルダイブ型』となっている。カプセルの中で仮想現実の世界に浸るのだ。


 映像や音はもちろん風や雨をはじめ攻撃を受けたときの衝撃や痛み、味、匂いまでもカプセルである程度までは再現できる。それゆえ自分が実際にVRの世界にいるように感じることが可能だ。





 そんな現実とほぼ同じ感覚を得られるV3の世界をマリカたちは歩いていた。


 パーティーは六人共初心者で、一緒に街の外に出るのは今回で五度目だった。



 メンバーの中でV3歴の最も長いマリカでも二週間を過ぎたばかり。それでも過去四回は草原に現れるモンスターたちを難なく倒すことができた。だったら次はその先の森まで行こう、という話になったのだ。


 情報も集めていたが、どの情報も同じだった。


「アグリーの街周辺にある草原と森に強いモンスターは出ない」


 というものだ。「アグリーの街」というのはV3を始めた際にスタートする街のひとつである。

 どのゲームも基本は同じだろうが、スタート地点周辺は比較的攻略しやすい。ゆえに得られる情報も変わらなかった。



 だから油断していた。



「俺、カプセル健康診断の結果で逆流性食道炎だったよ、今度オンライン診察受けないと」

「ホントですか? プラチナさん大変ですねえ」

「ずっと胸焼けしてたからな、酒が手放せないせいだと思ってたわ」

「プラチナさんお酒好きすぎですよ」

「豹太は健康診断どうだった?」

「俺は健康そのものですよ! 鼻炎は毎回診断されますけどまあしょうがないですね」

「年下の豹太にアドバイスするなら、カプセル診断のあとで推奨された運動だけはしとけ、ってことかな。サボるとあとで困る」

「了解、気を付けますね」


 皮鎧と腰に差した剣に身を包んだプラチナと呼ばれる四十代の恰幅の良い豪快そうな東南アジア系の男が先頭を歩く。

 隣には軽装にマント、レイピアと呼ばれる細い剣を持った豹太という色白で気弱そうな十代の少年が並んでいる。



「マリカさんは大学生だったんですね~! もっと年上かと思ってました」

「そうよ梅ちゃん。梅ちゃんも今年は大学受験でしょ?」

「あたしはまだ高二ですって~、前も言いましたよ~。受験は来年です。だから週二回学校行かなきゃいけなくてめんどいです~」

「そっかそうだったかあ。まあ大学生になったら試験のときだけ行けばいいからラクだよ! サークル入ってたら、大学に行く回数はもうちょっと増えるけど。私はやってないから余裕」

「いいな~。あたしも早く大学生になりたいですね~」

「大学生はいいよ! でも私、実はV3で食べていくって決めたんだ。だから就職しない! 卒業できればいいから大学では最低限しか勉強してないよ」

「スゴイ。V3で稼ぐってことですか?」

「そう! おじいちゃんが子どものころは動画配信で稼ぐ人が多かったみたいだけど、今は動画配信もVRゲームがメインだし! 私、V3を最初にクリアした人になる! 1位を獲るぞー!」


 すぐ後ろを二人の女性が続く。梅ちゃんと呼ばれたのは黒髪を肩までの長さに揃えた細身で長身の大人びた顔の高校生。ピンク色の服にナイフを持っている。

 もうひとりはマリカ。大学生らしい明るい茶髪にモデルのように整った顔にグラビアアイドルを思わせる胸。Tシャツにショートパンツというゲーム世界に合わない服装で剣を一本背負っていた。

 


「9jack(ナインジャック)はなんでV3はじめたの!?」

「翻訳機能が一番スゴイって聞いたから。僕、イギリス人だけどいろいろな国の人と自然に会話してみたかった」

「知らなかった! 9jackはイギリスなんだ! 私はアメリカよ!」

「なら僕たちは普通に英語で会話できるね」

「おお! たしかに!」

「V3は最高だよ。言葉が違ってもAI翻訳で普通にリアルタイムで会話できるんだから」

「私も先週、タイの友人ができたわ!」

「そうそう。それが楽しいよね」


 後ろを歩くのは9jackとシスターM。9jackは青い目をした三十代の男。パーティーの中では最も戦士らしい。顎に髭を生やしていて、青銅の鎧と盾を持ち、剣を腰に装着している。

 シスターMは紺色のローブに杖を持っている。金髪が輝く二十代の美人で同じく青い目をしている。



 仲良く会話しながら歩いていたせいだった。


 自分たちの三倍もある巨大な黒い塊にすら気付くのが遅れた。パーティーのひとりが小さく声を上げたときには、十数メートルの距離にまで迫っていた。


 まるで真っ黒なライオン。


 目だけが真っ赤に光っている黒いライオンのようなモンスターだった。

 

 すでにマリカたちを睨んでいる。彼女たちの誰もが見たことのない大きさと不気味さだ。全員が思ったであろう。「これはまずい」と。


 黒いライオン型モンスターが大きく口を開ける。


 瞬間、自身の身体と同じ色をした黒い炎がマリカたちへ吐き出された。


 武器を構える時間も、逃げる暇もなかった。先頭に並んでいたふたりが黒い炎に包まれ、言葉にならない声を発して倒れる。


 現実より劣るとはいえ、彼ら二人は痛覚をOFFにしていない。痛みや熱なども感じるのだ。ふたりは最後まで何かを叫びながら、白い光を放ち消えた。


 たったの一撃だった。


【『プラチナ』、『豹太』が戦闘不能! ログアウトした】


 眼前に無慈悲なテロップが流れる。


 続けて巨大なライオンが猛スピードでマリカたちに迫ってきた。前足の一振りでマリカの隣にいた女の子が倒される。


【『梅の助』が戦闘不能! ログアウトした】


 マリカは恐怖のせいか動けないでいた。


 そのとき、パーティーのひとりがライオンの胴体に斬りつけた。渾身の一撃だった。

 9jackという男。パーティーの中では攻撃力が最も高いメンバーだ。


 だが、ライオンにはダメージを負った様子はない。斬りつけた相手の方を向くと、上半身を食いちぎった。9jackは白い光とともに消えていく。


 すぐ後ろで杖を構えた金髪のシスターMが魔法を放つ。氷の刃がライオンにヒットする。


 しかしライオンは少し身体をくねらせるのみで、傷つくことさえなかった。少女は再びライオンから吐き出された黒い炎の餌食となった。


【『9jack』、『シスターM』が戦闘不能! ログアウトした】





 こんな序盤に現れていいモンスターではない。


 事前情報では一切話題に上ることのなかった怪物。


 初心者のみならず、中級者にも果たして戦えるのか疑問になるレベルの敵。


 マリカは仲間が消えていくのを呆然と見ていた。


 逃げるでもなく、戦うでもなくただ見ていた。


 ライオンがマリカに向き直り、前足の爪を振り下ろす。


 マリカは諦めとともに目を閉じた。


 だが、何秒経ってもマリカに爪が届くことはなかった。


 ゆっくりと瞼を開ける。





 爪はひとりの男が持つカタナによって止められていた。

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