パニッシュメントその12、新光皇暦2008年
俺はしばらく御蓮に居つくことになった。これは偽名での滞在である。かつてのリズのパイロット、マキータ・テーリッツが敵対国についたとなればリズは黙っていまい。この秘密を知るものは多くない。幸太郎や村井所長、新しい同僚たち。研究所直属部隊マーダーエンゼルだ。
マーダーエンゼルには俺のような訳ありのメンバーが多い、アームヘッドで研究所を襲ってきた元テロリストすら加わっているらしい。そのような組織なのでかつてのオラクルス(かつての名だ)時代から裏切り裏切られの歴史が続いている。マーダーエンゼルは対アームヘッド戦のエリートであり切り札だ。
裏切りの歴史でさえそのトライアルに過ぎない。そして俺のテストが始まった。目の前の少女、村井雪那が俺を試す。
再びカッフェ。俺がいるのは御蓮中枢都市皇京だ。といっても首都特別区部ではない、市町村側の西のほうである。目の前には冷たい目の少女村井雪那である。「いつものをくれ」「ドーナツ五人前ですね」エイワズが答える。「いつもいるのか...」「アイドルを目指してるので」
「私はロールキャベツを頼むわ、あとペペロンチーノとハンバーグ、ゼリーフライもお願いね」「かしこまりました」「ペペロンチーノ...」「食べたいの?」俺は代替特異点を思い出す。「いやいい」「分けてあげないからね」「あ、はい、どうぞ」ずいぶん頼むな...。「ところでアムヘ上手いの?」
「うーん、まあ唯一の特技だな」「お父さんに勝ったってのは本当?」「お父さん?幸太郎のことか」「そう、村井幸太郎」「へー、結構似ているな」「...。え、そう」雪那の表情がなぜか緩む。「あれはほとんど俺の敗けのようなものだ」「そうよね、リズの三下がセイントメシアに勝てるわけないもん」
ちょっと俺はムッとする。どうやら表情にも出たらしい。「私と勝負しなさい、あなたの自信とやらを打ち砕いてあげるわ」「自信だなんて…」とはいったもののセイントメシア以外には負ける気はしない。だが雪那もまたセイントメシアの乗り手だったのだ。
夏!俺は船の上。南の島へ向かう。だがバカンスではない。度入りサングラスの幸太郎がクルーザープールサイドのチェアーでフルツミクスジュースを飲んでいるがバカンスではない。少なくとも俺にとっては。雪那はプールで泳いでいるがバカンスではない。筋肉質のボディガード。
ボディガードはこちらを見ている。身長は高い。サングラスをしている。筋肉質の体。「ギョウコウも泳いだらどうだ」「兄さん、僕が泳げないの知ってるでしょう」ボディガードではないのか。「マキータさん、村井行幸です、よろしく」筋肉質がいう。「どうも」「もうすぐ着きますよ」
クルーザーの後ろにはアームヘッド輸送船。南の島でテスト演習をするのだ。相手は村井雪那である。セイントメシアが相手だがこちらもセイントメシアだ。負ける気などない。南の島で演習をするのはそこが研究所の私有地でまわりに迷惑をかけずにできること、それと機密の防衛のためだ。
やがて船が港につく。別荘と港だけの小さな島だ。埋め立てたような低い島でとくに珍しい動物もいない。「今日はもう遅いので寝てください、明日演習ですよ。まあ形式的なものです。あまり緊張しないでくださいね。あとドーナツです」「ありがとう」雪那と幸太郎はもう部屋にいった。次の日。
翌朝!早起きした俺は昨日目ざとく見つけたイミテーション滝へと向かう。一度シュッギョというものをやってみたかったのだ。しかし滝に近づくと水しぶきのスプラッシュ音に加えてうなりごえが混じる。滝が割れている。いや一人の男がいる。「おはようございますッ」行幸だ。
イミテーション滝というのはプールの飛び込み台めいた構造物の上から水を落とす、何が目的なのかよくわからない構造物だ。「グッドモーニング、ミスターテーリッツ」行幸が挨拶する。「おはようございます」「もういいのですか?兄も雪那ちゃんも朝弱いのでテストはたぶん昼過ぎになりますよ」
「シャッ!」行幸は叫ぶと滝壺からジャンプし滝壺のプールサイドに降りた。「ちょっと離れていてください」離れ、行幸が水しぶきを飛ばし乾く。「すごいな...」「いえ、あなたもすごいですよ、兄がよくあなたの話をしていました」「そう、そうかい」「ですが、油断しないことです」「え?」
「ラグナロクを知っていますか?」「セブンシスターズのファントム…」「村井雪那はラグナロクを倒しました、それがあなたの今日の相手です。村井研究所の次期エース村井雪那がね」
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