2話 死んだ乙女
「まあ現実は御伽ではないということでしょうかね……」
憂鬱げに私の心を破壊する事さえ出来るような言葉を発した……悲痛だ。だが受け入れられない。メルヘンな世界でこんな事が行われている訳がないだろう。何かの間違いだ。
「受け入れられませんわ……こんな事……ありえません」
「受け入れられないんですか?」
「ええ」
「そうですか……」
機嫌を損ねたのか?彼の声色は冷え切っていた。というか、とても口には出せないが今みたいに心が痛い時には優しく接してほしかったのだけど……。
彼はそんな思いを無視し、私の心を抉る様に続ける。
「お言葉ですがあなたから相談に乗ってきたのに、その貴女が相談の内容を信じないとは恣意的ですね……」
そういうことか……言い返せない……。だがこんな突拍子も無い事を簡単に信じるのは無理だ。明らかに不機嫌な彼には申し訳なくはあるが……。
もしかしたら信じられない理由を具体的に弁明すれば分かってくれるだろうか……?
「信じられない理由はですね、この犯罪がほとんど起こらないほど平和なのでしたよね……?
それなのにこれほどに犯罪的な事が行われているとは矛盾しているもの」
いや、これだけではない。
「私達が使っている調度品などを全て奴隷に作らせているとなると、膨大な数の奴隷が存在している言うことになりますわよね。
その膨大な数の奴隷はどこから生まれているの?あの人達は何者なんですの?」
そう不可解な点を話すと、
「あの人達が何者なのかは謎なんですよね。私の知る限りでは誰もご存知ありませんでした。
ですが前者については説明出来ます。まあどうせ口で説明するだけでは信じないでしょうし、とりあえず先に証拠を見せましょう。
転送します」
え?まって……心の準備が……。
瞬間移動魔法が発動し再び視界が闇に包まれた。
視界の闇が消え失せると再び悲痛な光景が眼前に広がっていた……。
「ぎゃああああああ!!」
更に今度は叫び声まで聞こえる……。
叫び声は、十字の板に磔ににされ、黒いローブを着た拷問人のような人物に体に切り傷を刻まれている、奴隷服の男性から発せられている……。
その周囲には、使われていないが、ファラリスの雄牛の様な鉄の像に、アイアンメイデンを彷彿させる、扉の内側に針の付いた小部屋などの拷問器具が不気味に存在している……。
私は幸せでメルヘンな世界に転移したはずなの何故拷問場にいるのだろうか……?
夢が壊れようとしている。絶望感すら覚えている。
彼は私と距離を詰め、叫び声が五月蝿い中でも会話出来るよう、私の耳に顔を近づけた。そして私の絶望に薪をくべるように話を始める。
「これがこの世界が平和である理由ですよ。どんな罪であれ犯罪を犯してしまった方は、
拷問趣味の方に拷問をされた後に命を奪われるのですから平和になるのは当然ですね……」
「うぅ……」
もうこの世界の闇について受け入れ始めていた……。もう夢を見る事は許されないみたいだ。
過酷な現実を受け入れる羽目になったのだから少しでも気を緩めたら泣き出してしまいそうなほど辛い。視界が滲んできた。
彼は必死に気を引き締め、涙を抑える私を見て、
「……申し訳ありませんでした……またしても感情的になっていましたね……」
またしても正気に戻ったようだ。別に謝罪はしないでもよかった。私に非があったんだし……。
「こんな場所に居たくはないでしょうし、とりあえずお屋敷に戻りましょうか」
彼の気配りは私の心の傷を治療する様だった。少し楽になった。
彼の部屋のベッドの上にさっきと同じ様に座っている。
「本当に申し訳ありませんでした……」
「もういいですわよ。少し気になったのですがこの国の住民は皆ああいった事情をご存知のなんですの?」
「存じていますね……。皆、私くらいの年齢になると知らされるんです。
あっ……もしかして信じて頂けたのでしょうか?」
「信じましてよ」
少し考えて気付いた。私はあの牢獄を見たときに「ありえない」と口に出したが的外れだった。
だって知能が低く、ルールがしっかりと定まっていない時代の人々は皆、平気で拷問など残酷な事をしていた。
異世界は例外?そんな事あるはずがない。異世界人も地球人も同じ人間なのだから。本当に残念だが。
正しい事実を自覚していることろで、彼は笑顔で、
「それならよかったです。寛容ですし、話を聞いてくれますし、いいご友人に出会えてよかったです」
「いえいえ」
いいご友人は貴方の方だ。
「また何かあったら何でも相談して下さいまし」
そう言い退出しようと思うと、
「では恐れ入りますが、もう一つ聞いてほしい事があるのですが、お話ししてもよろしいでしょうか?
また少し暗い話になってしまいますが……」
……!!まさかまだ何かあったとは。また恐ろしい事が語られるんじゃないかと少し怖い……が聞こうじゃないか。自分の言った事に責任を持たない人間になんてなりたくない。
「よろしくてよ」
優しい顔でそう答えた。少し引きつってしまったかもしれないが。
「実は最近メイジと噂される人物が、薄汚い布を羽織った集団に連続で誘拐される事件が発生しているんですよね……」
薄汚い布には見覚えがあるのだが……。
「それってまさか」
「ええ。恐らく先程の奴隷の方達が関係しているんでしょうね」
やはりそうか……。でも少し引っかかる事が、
「その方々を牽制する事は出来ていませんの?」
「出来ていませんね。その方々はどこからともなく現れたりするそうなんです。
だからどこを拠点としているのかも分かりませんし牽制のしようがないんです」
それも何かの魔法だろうか……?何でもありじゃないか。
話を戻します。それで人格が入れ替わる前のマリアンヌ様は、私と貴女がメイジであるという事を仲のいい方にはお話ししていたみたいで、
私達がメイジであるという情報は漏れている可能性があるんです。
だから私とマリアンヌ様の日常はいつ崩壊してもおかしくないんですよね……」
心に追い討ちがくる……。旧マリアンヌの馬鹿……。また涙ぐんできた。だが泣いていいのか?いい訳がない。
さっきそんな醜態を晒すまいと心に誓ったじゃないか。
というか涙を流すなんて、その悪辣な組織に屈してるみたいだ。その様な事あっていいはずがない。
ここは彼を安心させる為にも、
「私は絶対にそんな組織に屈したりしませんわ。もしその方々が私達を誘拐しに来たとしても返り討ちにして差し上げますわ」
胸を張る様にそう言った。やってみせる。私には人に指示を下す魔法という協力な武器があるのだし出来るはずだし。
だが彼は突然何を言い出すんだという雰囲気で困惑している様だった。
「返り討ちって……出来るのでしょうか?」
「ええ。その集団は愚かしい事に返り血で私のドレスを汚す事になりますわ」
殺すの例えだ。人を連続で誘拐している連中を殺そうが誰も文句は言わないだろう。貴方は安心していていい。
彼は、
「そうですか。それは頼りになります」
笑顔でそう言うが、目は笑っていなかった。信じていないのだろうか……?まあいい。結果を出せば信じてもらえるだろうし。
昨日のマリアンヌ様の言葉は本心だったんですかね?それとも私を安心させる為に無理をしていた……?
私はどちらだったのか分からず悩みながら朝の掃除をしていた。もやもやしつつも玄関の掃き掃除が終わった。持ち場を変えようとすると……、
愕然とした。どういう事なのか理解出来なかった。ぎぃぃぃと玄関の戸が勝手に開き、素性の知れない3人が屋敷に上がって来たのだ。勿論扉には鍵がかかっていたのに。
更に可笑しなことに、その3人の姿は何故かぼやけていて、はっきりと認識出来ない。
本当に何者なんだろうか?
目を凝らして来客者を見つめると背筋が凍った。皆例の奴隷と同じ様な服装をしている事が何となく分かるのだ……。
これはまさか……恐る恐る口を開く。
「どちら様ですか?何のご用件でしょうかね……?」
「言わなくてもわかっているんじゃないのか?お前も噂を聞いていると思うが、
私達はメイジを誘拐している組織だ。マリアンヌとラフィネの身柄を貰いに来た」
低く感情のこもっていない声色で最悪な予感が当たっていた事が告げられた……。いつか来るとは思ってたがまさかこんなにも早く来るなんて……。
だが、誘拐されるなんて勿論嫌だ。もし誘拐されたら私達はどこに連れて行かれるのか、そこで何をされるのかなど怖くて仕方がない……緊張もしてきた。
なにか抵抗しなければいけないと察した。
奴等の中に指示魔法を上回る魔法を使えるメイジがいる可能性はあるが、
とりあえず指示魔法を使えるマリアンヌ様を呼ぼう。そう思いつくと、私の心を見透かした様に、
「抵抗しようなどとは考えない方がいい。人や物を対象とする魔法は対象の姿をはっきりと認識していなければ発動出来ない事は知っているよな?
私の隣に居るこいつは視覚妨害魔法が使えるメイジだ。お前にも分かるだろうが、今、視覚妨害魔法を発動させている。
つまり今の私達を魔法の対象にする事は出来ない。指示魔法など無力だぞ?」
まずい……!そういう事か……!対策をされていた。ではどうしようか……足がすくんできた。
「あとだな、窓の方を見てみろ」
近くにあった窓の方に頭を動かすと、窓には半透明な壁の様な何が密着していて、外の景色がよく見えない。
なんだろうか、嫌な予感がする……。
「視覚妨害だけでなく、魔法を遮断する結界を作るメイジも連れてきた。
そいつがこの屋敷を覆う様に、外への干渉を遮断する結界を張った」
……終わったかもしれない。瞬間移動魔法で屋敷の外に逃げることも出来ないという事か。
「あっ、大切な事を言い忘れていた。これでも私達に逆らおうとすればお前等には酷い目に合ってもらう事になっているぞ」
拷問でもされるのだろうか……?もう完全に怖気付いており抵抗しようとは考えていなかった……。
「はい……マリアンヌ様のお部屋にご案内します……」
そう言い来客者達に従った……。
体の後ろに殺意が渦巻いているような恐ろしい感覚に耐えながら、マリアンヌ様のお部屋まで来客者達を案内し、扉をノックする。
「失礼します」
私達はお嬢様のお部屋に入室した。
「あら?どちら様でしょうか?というか姿がはっきりと認識出来ないのですがどうなっていますの?」
彼女は眉間にしわを寄せてそう言った。得体の知れない他人が自分の部屋に上がってきたら気分を害するのは当然か。
私達はこれから誘拐される事を私が説明しようとすると、
「私から説明しよう」
さっきと同じ方が口を開き、説明し始めた。……!?その瞬間私の意識が薄れ始める。
まさか……!
私に対して指示魔法を発動しているのかもしれない。もしかして何か彼女には考えがあるのだろうか……?どうするおつもりで……
ラフィネの意識は途絶えた。
マリアンヌ、ラフィネの二人を連れた私達は今玄関に向かい、螺旋階段を下っているところだ。
マリアンヌとかいう雌餓鬼は非常に物分かりがよく、屋敷を囲うように結界が貼られている事、今の私達を指示魔法の対象にする事は出来ない事などを説明すると大人しく私達に付いて来た。
これで洗脳魔法、瞬間移動という協力な戦力が手に入った事になる。仕事が無事に終わってよかった。
高揚感を顔に出さないようにしていると玄関の扉の前についた。
その瞬間……、
「はあ……?」
私達の後ろに居たマリアンヌ、ラフィネが姿を消しやがった……。瞬間移動魔法を使って私達から逃げようとしているのか。
逃げ道なんて無いのにな。別に焦っている訳ではないが、仕事が増えて面倒に感じていた。
私の横の同胞も溜息交じりに、
「馬鹿な奴等め」
その通りだ。
「物分かりの良い奴等だと思ったんだが……!?」
嘘だろ?私はセリフの途中で恐ろしい事に気づき息が詰まった。
さっきまで天井に飾られていたシャンデリアが避ける事すら不可能な速度で、私達の頭上へ向かって来ているのだ。
私達を圧死させる為、瞬間移動魔法で私達の頭上にシャンデリアを転送したという事か……?
この手は想定していなかった。
私達のツメが甘かった……!
がしゃぁぁっっ!!
シャンデリアが床に衝突し、激しい音を立てながら粉々になる。来客者達はシャンデリアに押しつぶされ、意識を失った。
二人の勝利だった。
残骸が散らばる玄関にマリアンヌと、指示魔法が解除されたところのラフィネが現れる。
当然の反応だろうがラフィネは残骸を見て目を丸くした。何が起こったのか察して、
「もしかして私を操り、私の瞬間移動魔法でシャンデリアをあの人達の頭上に転送したんでしょうかね……?それであの人達を圧死させたのでしょうか……?」
「察しがいいんですのね」
マリアンヌはそう答えるとラフィネは拍子抜けした。緊張感、不安感から解放されたのだ。
「こんな方法思い付きませんでしたよ……。聡明でいらっしゃる。また昨日仰った事は本当だったのですね……。マリアンヌ様は命の恩人です」
建前ではない。本気でマリアンヌに感謝していた。
「辞めて下さいまし。照れますわ」
マリアンヌは少し赤面してそう言った。
そんな中残骸を見てラフィネは別の感情も湧き始めた。それは、
「恐れ入りますが、これは流石にお母様に怒られますよ……」
へこむ様にそう言った。子供に家具を壊されたのだから怒らない訳がないだろう。だがマリアンヌは強気に、
「私は貴方の安全を守れた事を本気で誇りに思っていますの。この想いはお説教を受けようが到底揺るぎませんわね。
だからお母様に怒られようが私は気にしませんわ。
それに事情を説明すればきっと分かってくれますわよ」
誇らしげに話す姿を見てラフィネはなんだか安心した。
「さて……」
彼女はスカートを床に下ろし残骸に埋もれる来客者達の脈を調べ始めた……。そして全員調べ終わったところで再び口を開く。
「三人中お二人はご撤去なさったみたいですが、よく喋っていた方は息があるみたいですわ」
「えっ……!?それなら早く殺しましょう!」
自分達を誘拐しようとしていた人間がまだ生きているなど気味が悪いし、意識を取り戻す前に殺さなければと焦りそう提案した。
だがマリアンヌは焦りながら喋る彼とは裏腹で、
「焦らないで下さいまし。生きているという事は私の魔法の対象に出来るという事ですわ。私の魔法の対象に出来るという事は情報を吐かせる事も出来るという事ですわ」
「なるほど……!これで奴隷の事などが分かるかもしれませんね……!」
生き残った者を情報源にするという事かと理解した。カタルシスが得られるかもしれない。彼の心臓は激しく波打っている。
「ええ。この方は情報源決定ですわね。あと私、もう一つ決めた事がありますわ」
「といいますと?」
少し落ち着いて聞き返すと彼女は改まり、
「私はこのメイジを誘拐している集団を指示魔法を使い壊滅させますわ」
……!!という感じだ。
マリアンヌはサーガ主人公の様な事を言い始めた。ラフィネはまたしても本気なのか……?と疑う。
「ご冗談でしょうか……?」
「いいえ。本気でしてよ。昨日までは今すぐにでも壊滅させたいのに、奴等について情報不足でそう出来ない状況でしたが、
情報不足はこれから解決するでしょうしね
あ……そういえばいい忘れていた事がありましたわ」
「いい忘れていた事とは?」
「ラフィネ様、無理強いはしませんが、私の戦いに貴方も加勢してほしいと思っていますわ。貴女の能力は便利ですしね。ご了承頂けるかしら?」
「え……!いいんですか?」
「貴方がその気なら勿論よろしくてよ」
「では私も加勢します」
即答だった。彼からしたら私は命の恩人な訳だし、恩を返せる好機だと思ったのだろう。
これで戦力は十分だ。
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