1話 貴族の帝国

なんだかとても質の高い睡眠だった気がした。


「嘘……!?」


目を開けると驚喜した。

昨夜は、病院によく置かれている車輪の付いた飾り気のないベッドで就寝した筈だが、

今は純白の天蓋がかかったベッドの上で仰向けになっているのだ。

上半身を起こすと、眼前には化粧台が設置されていて、その隣には可愛いらしい熊のぬいぐるみが置かれていたりなどと、

可愛らしいお姫様がお住まいになる様なお部屋にいる事が分かる。


ということは……!


あの手紙に書かれていた事は本当だったということか……!それに転移と言っても、間違いなく身分の良い者に転移出来ているし本当に嬉しい。

憂鬱など吹き飛び、久しぶりに好奇心が湧いてきた。自分の容姿を知りたい……!

ベットから降りて舞うように化粧台に身を寄せ鏡を覗く。鏡には髪には麗やかにウェーブがかかっており、高貴な黒いドレスを身を纏った、中学生くらいのお姫様が写っている……お姫様の姿をした私が……!


「美しいですわ……。 私は再びお嬢様らしい生活ができるのかしら……!?」


感情が声に出るほどの喜び得ている私を、ノックの音が冷静を取り戻させた。


「失礼します」


執事服を着た少年が上がって来た。顔立ち、短めの髪、執事服などはどれも整っていて上品な風貌だ。


「おはようございます。髪をセットをしているのでしょうか?」


「いえ……違いますわ」


少し困惑してしまった。何故か異世界の言語を理解出来ているからだ。不可解に思っていると執事服の少年が再び口を開いた。


「もう起床のお時間はとっくに過ぎています。寝坊はよくないですよ。マリアンヌ様」


マリアンヌが私の名らしい。いやそれよりも、


「話を無視するようで申し訳ありませんが貴女の名前を教えて下さいまし」


彼は少し不思議そうに、


「ラフィネと申しますが……何故お名前を伺ったり、あっ、もしかして貴女はお住まいだった園華様でしょうか?」


「その通りですわ。ご存知でしたの?」


「左様です。正確ではないですが昨晩、『明日、マリアンヌ様の人格と異世界にお住まいの園華という人物の人格が入れ替わる』

みたいな内容のお手紙が届いていたのです。悪戯かと思っていましたが、あの手紙の内容は本当だったのですね」


あれは彼の元にも届いていたのか。って挨拶をしなければ。


「私は手紙にあった通り園華ですわ。まあ呼び方は変えない方がよさそうですわね」


「周囲の方々を困惑させない為それがいいですね。

念の為お伝えしますが、私は人格が変わってもマリアンヌ様の執事である事には変わりはございません。

どの様な事でも何なりとお申し付け下さいませ」


執事は礼儀正しく深々と表敬した。彼の年齢不相応な鷹揚さには感心する。


「ええ。お気遣いありがとうございますわ」


私も頭を下げた。


あっ……


その時さっきまで意識が向いていなかったが、空腹である事に気付いた。


お食事にしたいですわ……なんて思うと、


「空腹ですよね。食堂までご案内します」


驚いた。私の心を読んだのだろうか……?少し気色悪いが、まあ悪意があったわけではないのだろうし気に止めないようにしよう。


カーペットが敷かれ、風景画などで修飾された廊下を執事と渡り、食堂へ向かった。


朝食はホットケーキとサラダの様なものだった。ここは異世界なんだし変わった料理が用意されると期待していたがそんなことはなかった。

まあ美味しかったしいいが。


お食事の後は、これからお世話になるご両親に挨拶をしに行った。

あの手紙の事はマリアンヌのご両親の耳にも入っていたようで、私が異世界人である事は滞りなく受け入れてもらえた。

挨拶をした後は親睦を深める意味で、私が昨日まで居た場所の話をしたり雑談をした。

両親は優しく常識的で楽しく話せた。育ちが良いのだと容易に察せるのは少し尊敬する。



この世界での今日は日本で言うところの日曜日で学校は無く、午前中は全く予定がないらしく、ご両親に自由にしていいと言われていた。

今は自室で椅子に座りながらダージリンの香りに癒さている。チェンバロの音色でも聴いている様な優雅な気分でいると、再びノックの音が聞こえた。


「失礼します」


扉を開けて部屋に上がって来た彼はやはり綺麗だ。


「ご用件は何ですの?」


「この世界の事について色々とお話ししようと思いまして」


「なるほど。常識知らずだったらいけませんしね」


いや、その前に気になる事が、


「恐縮ですが、貴方はお仕事はしなくていいんですの?」


「しなくて大丈夫です。本来は色々とお仕事があるのですが、今日は特別にマリアンヌ様にこの世界の事をお話する役割を貰ったんです」


「そうでしたのね」


「はい。それで提案なのですが、ただお話しするだけではではなくお散歩でもしながらお話しませんか?私がお外をご案内して差し上げますよ」


私の胸を打つセリフだった。


「よろしいんですの……?」


「よろしいですよ」


執事は鷹揚に微笑んだ。


「嬉しゅうございますわ」


庶民ではないから、人前では興奮せずに慎まやかに振る舞うようにしているが、異世界を散歩出来るのだから夢の様で幸甚だ。

部屋の窓からは私の心情を表現する様な朝日が差し込んでいる。


再び廊下を渡り玄関へ向かう。



「まあ……!」


玄関の扉を開けると辺り一面に薔薇庭園が広がっており、庭園の後ろにはフランスのコルマールを彷彿させるメルヘンチックな家々が並ぶ美しい街並みが展望出来る。


「素晴らしい景色ですわ……!」


そう感嘆した。

彼はこの世界について語り始める。




案内されるままに住宅街を散歩し、ご近付にご挨拶を交わしたりもしながら彼の話を聞いたが、

この世界は素晴らしいと確信が持てた。


まず犯罪は殆ど起こらないほど平穏で、この世界の空の彼方には神の国という場所が存在し、

そこには神様という、この世界を創った無から物質を生むことが出来る存在が住まわっているらしい。

その神様は大変慈悲深く、私達が使う調度品、食料などを全て作って下さり、協会と呼ばれる神の国と通信が出来る場所に届けて下さるらしい。

よって、この世界の住人は皆何不自由なく貴族の様な暮らしが出来ているそうだ。


なお、100人に1人程度の割合で、メイジと呼ばれる無から水を生成する事が出来たり、何かしらの不思議な力を使える方が生まれることがあるらしい。幻想的だ。まさしくメルヘンである。


そういえばかなり気になっていた事を聞き忘れていた。


「私は何か魔法を使えるのかしら……?」


メイジが生まれる確率は割合は100人に1人程度らしいし、多分使えないだろうが、もし使えたら?夢がある。


「人に逆らう事の出来ない指示を下す魔法が使えます」


「まあ……!本当ですの」


「嘘は吐きませんよ」


素晴らしい……!何だか物騒な魔法な気もするが、魔法が使える体に転移出来たという幸運に感謝している。では、


「その魔法の詳細を教えて下さいまし……!」


「私が言った通り、人に逆らう事の出来ない指示を下せるんです。

貴女がその魔法を使って誰かに指示を出すと、指示を受けた方は意識を失い、体が勝手に指示を実行するという感じですね。

あと指示は声に出さず、心の中で言うだけでもいいみたいですね」


「便利ですのね。最高ですわ……!」


他の人間には使えない力を自分は使えるのだから。優越感も感じ始めた。権力者になった様な感覚だ。


「ただ、精神的に安定していない時は魔法が使えなくなったり、

人や物を対象にする魔法を使う時は対象をしっかりと目視していないと魔法が発動しなかったり、制限はありますがね」


あまりそういうネガティブな事は聞きたくなかった。でもまあいいか。だって、


「それでも素晴らしい事には変わりありませんわ」


「まあそうかもしれませんね」


彼は同意した。あともう一つ夢のある事があった。


「貴方は何か魔法を使えますの?」


もしメイジが同じ場所に二人集っているなんと事があったら奇跡みたいだし素敵だ。


「これをご覧下さい」


不思議な事に私の胸に付いていた筈の大きなリボンを彼が手に掲げている。もしかして……!


「何が起こったんですの……!?」


「瞬間移動です。私は物体を脳内で思い描いた場所に瞬間移動させる事が出来る魔法を使えます。

それにしてもメイジが生まれる割合は100人に1人程度なのに、同じ場所にメイジが二人集っているなんて奇跡みたいですよね」


その通り……!私が言いたかった事を代わりに言ってくれたみたいだった。


「同感ですわ」


「ですよね。それかまるで誰か意図的にこうなるよう仕組んだみたいです」


そんな事あるわけないじゃない。可笑しい。


「変わったご冗談を仰るのですわね」


「変わっていましたかね。あはは」


口に手を添え微笑する姿も上品だった。そんな彼は私にリボンを返しつつ、


「言い忘れていましたが私達がメイジである事は誰にも教えてはなりませんよ。色々と面倒ですし危険でもあるので」


「分かりましたわ」


同意した。確かに誰かに教えたら人が群がって来たりしそうだし面倒だ。

そういうのは苦手だし言わない方がいいだろう。


それはそうと気になる事はまだある。


「ではさっき仰っていた神の国について……」


「あっ……!」


質問を口に出そうとするとあどけない声が私の質問を遮った。


前方からロリータ風の服装のお洋服を着た少女がツインテールをぴょんぴょんと揺らしながら駆け寄って来た。


私達の前で立ち止り、フリルをお口に当てて、


「ラフィネさん、マリアンヌちゃんご機嫌ようなのです!」


私達も歩くのを止める。


「シュシュ様ご機嫌麗しゅう」


「お久しぶりなのです!」


和気藹々とした雰囲気で執事と話しているが、彼女は旧マリアンヌの知り合いだろうか?って会話の途中だったれけれど。


「マリアンヌちゃんもお久しぶりですね!」


私のご友人でもあったのだろうか……?そうだったら嬉しいが、執事服に目をやり、


「どなたですの?」


彼は小声で、


「マリアンヌ様の同級生のシュシュ様です。人懐っこく、頻繁に貴女とお話していたとお聞きしていますよ」


なんだか羨ましい……。なんて思っているとシュシュ様は私達の方に顔を覗かせ、


「何のお話なのです?」


「実は私、憲法症を患ってしまいましたの。だから貴女のお名前をお伺いしていましたわ」


と嘘を吐いた。異世界に住んでいた事を吹聴すると私の人間性を誤解されてしまいそうだから、

健忘症という設定にすることにしていたのだ。罪悪感は勿論あるが……。


「えっ……記憶が無いのですか?」


「ありませんわね……」


「そうなのですか……。今まで沢山お話ししたのにその記憶も忘れてしまったのは残念なのです……。

あっ、それならマリアンヌちゃん、私とご友人の関係をまた一から始めませんか?」


貴女がその気なら勿論……!


「よろしいに決まっているではないの」


「よかったぁ。これからも宜しくなのです」


「ええ、こちらこそ……!」


少女は飼い主の膝に乗った猫みたいに安心している。

私は安心というより嬉しい。友人が出来たのはいつ以来だったか……。

幸福とともに懐かしい感覚を覚えていると、誰か二人がこっちへ向かって来ている事に気付く。


「はぁ、見つけたわ……」


「勝手に他所に行くとは小動物の様だね。可愛いらしいこと」


足を止めそう嘆いた二人は、皇子服の様な服を着た少年と、豪華なドレスを着た少女だった。

恐らく彼女等も旧マリアンヌの同級生だろうと予想がつく。


「シュシュ様のご自宅を棺桶にして差し上げたいものだわ」


言い過ぎではないの……?彼等は人の気持ちが考えられないのか。


「……ごめんなさいなのです」


頭を下げる少女を見て折角のいい気分が落ち込む。注意すべきかなどと考えていると、

皇子の様な男性はそんな事どうでもよさそうに長めの黒髪をかき分け、


「それはそうと、マリアンヌ様ご機嫌よう。お怪我治って良かったね」


「恐れ入りますわ」


誰だか知らないが、とりあえず恐縮しておくと、女性の方も私に反応する。


「あら、マリアンヌ様ご機嫌よう。私もお怪我の回復嬉しく思っているわ」


「嬉しゅうございますわ」


空虚なやりとりが終わると殺害をほのめかしたお嬢様はボンネットを弄り始め、瞳を下に向けている。どうしたのだろうか。


「お二人のお名前を教えて下さいまし。あと女性の方はなんだか気まずそうに見えますけれど……?」


「女性がフロワ様、男性がアリスト様です。あ……」


小声でそう伝え、更に小さな声で、


「確か、フロワ様は以前のマリアンヌ様の性格がお好きでなく仲が悪かったとお聞きしています……」


……。不快感が溜まるが、嫌われている事には慣れていし気にしない事にしようか……。そう心を切り替えている内に、執事は私が憲法症をである設定を説明していた。説明が終わると、


「なるほどね。どうりで雰囲気や口調が違う訳ね」


「私は以前と違う口調でお話していますのね」


「そうよ」


さっきと違いフロワ様は私をしっかりと見つめている。気まずくはなくなったのか?


「それはそうとマリアンヌ様、私の関係がよろしくなかった事はご存知?」


「存じていますわ。さっきお聞きました……」


それにはあまり触れたくないのだが。


「でも気に病む必要はないわ。私は以前までの貴女は苦手だったけれど、別に今の貴女の事は悪く思っていないわ。仲良くしてもよろしくてよ」


「それなら良かったですわ。仲良くしましょう」


以外なことにすんなりと和解出来てしまった。上から目線なのが少し気になるが。

まあ彼女も悪い人ではなさそうでよかった。不快感は完全に消え失せた。


「あっ、そういえば私達はさっきまでお食事に行こうとしていた所だったのです。

マリアンヌちゃんもご一緒にどうなのですか?」


いいのだろうか……?輝いた視線をアリスト様とフロワ様の方に合わせ、


「よろしいんですの……!?」


「よろしいわ」


「お断りする理由がないね」


「私も同じくです。この世界についてお話しするのは後回しにしましょうか」


「嬉しいですわ♪」


はしゃぐ様に喜びを顕にしてしまったが、それほどの高揚感を得たのだから仕方がない。

今日は素晴らしい一日になりそうだ。




それから喫茶店の様な場所に行き、私はショートケーキを頂いた。

私達がお食事をしている間アリスト様の口から、シュシュ様の黒歴史のような話が延々と語られた。

例えばシュシュ様がふざけ半分でくるくると回転していたらスカートが脱げたとか。

悪趣味な気もするが、シュシュ様は大して気にしていないみたいだったし、純粋に面白かった。


喫茶店から出ると、時刻はもう11時30分まわっており門限が近づいてきたのでシュシュ様達と別れ、家路についていた。

三角の屋根に、四角い窓が均等に並べられた家々が作る可愛らしい住宅街を歩いている。


「至福の時とはまさにあの時でしたわ」


「そう仰って頂けると私としても嬉しいです」


優しい微笑みで私を癒した彼は、思い返せば私と出会ってから自分の役目を完璧にこなしているように見えた。そんな彼にも少し興味があった。


「ラフィネ様、何か趣味はありますの?」


「えっと、小説を執筆したりしていますね。明るくメルヘンな内容です」


少し照れる様にそう言った。照れなくてもいいじゃないか。馬鹿にしたりしないし。


「まあ、ロマンチストですこと。具体的にどの様な内容のお話しを執筆していますの?」


「えっと……最近は執筆出来ていないんですよね」


趣味ではなかったのか?


「何故ですの?」


「スランプなんですよね。以前までは当然の様に書けていて、何作も完成に至らせたのですが、

色々と書いているうちにどんなお話が幻想的なのか分からなくなってしまっている様な感覚なんです。だから最近は執筆出来ていないんですよね」


「乙女の様な悩みですこと。可愛いらしいですわ」


「悩んでいるんですよ。もう」


子供っぽくそう言うが、多分怒っていないし可愛らしく感じる。



そんな中ふと思う。そんな彼とお話ししていても楽しいし、この世界に来てから楽しい事ばかりだと。

本当にこの世界は素晴らしい。これからずっとこんな場所に居られるとは夢の様だ。


「これから毎日楽しい日々が送れそうですわ……!」


と思わず煌めく心中を口にだすと、


「あっ……それは……」


少しぞっとした。ラフィネは何か嫌な記憶でも思い出しているような表情をしている。

何か言ってはならない事でも言ってしまっていたのだろうか?


「いかがなさいましたの……?」


「別になんとも……」


本心とは思えない答えだ。目に涙を浮かべているし……。


「そんな事言わないで下さいまし……」


ハンカチをポケットから取り出し、彼に差し出す。


「ハンカチですわ。綺麗なお顔が台無しでしてよ」



彼は涙を拭き、顔は清潔になったが、表情は暗いままだった。

彼の事が心配でならなかったが、ここ何年か友達がいなかった私はこういうシチュエーションを経験した事がない……。

彼になんと声をかけるべきか分からなかった。この時から帰り道は無言になってしまった。




帰宅後まず、屋敷の構造を学び、その後はピアノ、食事の作法、学校で習う勉強の予習をなどの予定が詰まっていたが、

どれも低レベルだったり、習得済みだったりと楽だった。

全て完璧にこなし召使い達に何度も賞賛されたが、やはり彼の事を気にしていて、純粋に喜べなかった。


稽古を終え、食事、入浴を済ませた後、少し自由にしていい時間があるそうだ。その時間をどう使うかは既に決まっていた。



今、彼の部屋に向かい廊下を歩いている。何故暗い表情をしていたのか知らないが、

とりあえず慰めの言葉をかけようという所存だ。なんなら相談に乗ってもいい。


彼にかける台詞を脳内で復唱していると彼の部屋の前に到着する。なんだか緊張する。

でも緊張しているだけでは仕方がない……入室の順序を踏み、


「失礼しますわ」


……反応が無い。不安だ。再びノックする。


「あの、ラフィネ様?」


不安は恐怖に変わった。もしかしたら彼の身に何かあって返事が出来ない状態なのかもしれない。

恐怖に耐えられなかったから鍵がかかっているかもしれないが扉を開けようとすると、


開いていますの……?


以外な事に扉は開いた。


えっ……?


鳥肌がたった。再び精神病棟に戻された様な感覚だ。


どこかを彷彿させる必要最低限の設備しか設置されていない、質素なラフィネの部屋には灯が付いておらず薄暗い……が無人ではない。

ラフィネがベッドの上に膝を抱えて座り込み自分の腕をナイフで抉っていた。


「嫌……!」


直感的に思った。止めなければと。

ベッドまで駆け寄りナイフを持つ手を押さえつけ、


「何をしていますのっ」


「マリアンヌ様っ……!辞めて下さい私の体に何をしようが私の勝手です……!」


ベッドの上から同一人物とは思えない憎悪感に満ちた顔で私を睨みつけ、乱暴に吐き出した。


「他人事ではありませんわ……だって胸が張り裂けそうですもの」


あれ?泣きそうだ。精神病に罹患していなかった頃の私を思い出した……友人が傷ついている様というのは辛いものだ。


「うるさいですっ!」


人を刺し殺した後の様な手を強引に動かそうとする……。私は力が強い訳じゃないのに……。非力な自分も辛くて仕方がない。

貴族にあってはならない醜態だろう……。分かっているが私は涙が抑えられなくなっていた……。


「うっ……ぐすっ」


「あっ……マリアンヌ様……」


こんな私を見て罪悪感が彼を正気にさせたのか、彼はナイフを手放し力を抜いた。




明かりが付いた質素な部屋のベッドの上に彼と私が膝を曲げ座っている。


私が泣き止むまでの間に、自分の立場を思い出したのか彼は何度も私に謝り、私は涙声で許すと伝えていた。

何度も謝罪した後、彼は自分で自分の腕に包帯を巻き、彼は一人で腕を治療した。


私は自分が泣き止む頃には、さっきまでの自分が感情的になっていて無様だった事をかなり反省していた。

もうあんな醜態は晒したくないと決意を決めていた。


また、彼に話しかける心の準備も出来ていた。精神的な傷口は塞がりきっていないが、なんとか口火を切る。


「私とお散歩していた時までの貴方は社交的でしたね。あの時の貴方はとても素敵でしたわ。そんな表情お似合いではないですわ」


「そんな事ありませんよ。あはは」


彼は微笑したが目は笑っていなかった。慰めようとしても効果はないのか?では、


「ラフィネ様、どうしてあんな事をしていましたの?」


「申し訳ありませんが、出来れば教えたくないんですよね。教えると貴女が確実に心を痛めると思いますし……」


そんな事言わないでほしかった。だって


「私達はもうご友人の関係ではなかったの?別にご友人の為なら心を痛めてもかまいませんが?」


それに、


「私は近くで苦しんでる人間を無視するような人間でないですわね」


「見上げた人間性ですね。それならお話すべきかもしれませんね。そうした方が気が楽になるかもしれませんしね。あはは」


彼は気を抜くように笑った。少し安心しているように見えた。勿論私も同じだ……。嬉しくもあるが。

彼は数秒言葉を纏める時間を取り、話を始めた。


「一部の方々しか知っていないのですが、実はこの世界は問題を抱えているんです。

私はそれについて知っているのに、何も出来ず、無力である事に耐えられないんですよね。

だから自分で自分を傷つけないといけなくなったり、自分の感情をコントロール出来なくて、正気ではなくなったりしてしまって……。

鍵が開けっ放しだったのも、あの時の私は正気ではなくて……」


もういい。俯き始めた彼は見ていられない……心苦しくさせられる。


「大体伝わりましたわ。それでその問題について教えて下さる?」


「えっと……それは多分口で言っても信じてもらえないと思うんですよね」


ではどうすれば。


「あっ……多分直接見てもらえれば信じて頂けるかと。貴女に来てもらいたい場所があります。瞬間移動魔法を使えばすぐそこに行けますしね」


「どちらですの?」


「神の国と呼ばれている場所です」


「えっ……!」


予想外な返事に適切な反応が出来なかった。


「そこには神様がいらっしゃるのでしょう?勝手に入ってもよろしいの?」


「大丈夫です。そんな事でお怒りになったりしませんもの」


「本当に慈悲深いんですのね。ではその神の国で何か問題が起こってるということですのね?」


「大体合っています」


「分かりましたわ。そこに転送して下さいまし……!」


「かしこまりました」


正直神の国に入れる事は少し嬉しかった。

そこには私達の心を痛み付けるような何かがあるのだろうが、

それでも神の国など地球には存在しえないメルヘンな場所だし興味があった。

早速そこに行けるとは傷ついた私の心に暁光が差している様だった。


視界が真っ暗になった。瞬間移動魔法が発動したのだろう。



視界がぼやけていて前がよく見えない。

少し肌寒く、鳥肌が立ち始める。瞬間移動したのか?


ぼやけていた視界がはっきりとし始め……!?


「なんですのこれは……!?」


目を開けると惨憺たる光景が視界に入ってきた。

薄暗い牢獄の様な場所だ。

無数にある牢の中には、掃除用の布の様な服を纏った、家畜の様な人間達が閉じ込められている。

湧いたのは希望ではなく完全に恐怖だった。私達の方を向いている方は数人で大体皆下を見ているし……。


「転送する場所が間違っているのではなくて……!?というかどこですのここは?」


怖くて仕方がない……。質問せずにはいられなかった。


「……いえ、これが神の国です」


「嘘ですわ……!だって人間しか居ないではないの……神様は……?」


「神なんてどこにも居ません……」


「え…………」


「実際は大量の奴隷に食料や調度品を作らせているだけですね……」

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