第18話 あなたの隣へ

「私も、ハルのことが好き!」


 日奈の口から紡がれる言の葉は、やっぱり幼稚で、平凡で、ありきたりなものだった。


「ずっと昔から、ハルに振られてもずっと……!」


 遂には瞳の端に雫を浮かべ、幾条にも重ねて頬を流れていく。


「ハル……」


 日奈の僕を見つめる濡れた瞳に、何を訴えているのかすぐにわかった。

 だから僕は、


「んっ……」


 日奈の唇に、自分の唇を重ねた。

 ただ触れるだけのキス。一瞬だけ触れただけなのに、日奈の唇の柔らかさがダイレクトに伝わり、心臓がドクンドクンと脈打つ。


「んっ……んっ……」


 何度も何度も、重ね合わせる。最初は一瞬。次は一秒、その次は二秒。重ねるごとに時間も増えていき、ついに十秒を超えた。

 僕の部屋に瑞々しい音が響き、頭の中で木霊する。


「ぁ……」

「これ以上は、また今度」


 十五秒を超えたあたりで、僕の方から終止符を打った。名残惜しそうに僕のほうを見つめる日奈。

 僕はそんな日奈の手を引いてベッドの縁に腰掛けた。日奈もすぐ隣に座る。けれどくっ付くことはできない。二人の繋がれた手が、そこにあるから。


「これから何したい?」


 問いかけるのは、これからのこと。

 何をしよう。どこへ行こう。どこを歩こう。何を食べよう。何を見よう。何を聞こう。


「う~ん、いっぱいしたいことがあるの」

「それ、全部しようか」

「全部?」

「うん、全部」


 日奈は口を開いた。

 映画を見に行きたい。ライブに行って歌を聞きたい。カラオケに行って歌いたい。観光に行っておいしいものを食べたい。海鮮系がいいなぁ。海も行きたい。あ、プールでもいいかな。

 彼女の口から飛び出すのはどれも楽しそうで、話す彼女も楽しそうだった。


「あとね」


 日奈は恥ずかしそうに頬を朱に染め、僕から少し目線を逸らして言った。



「――ハルと、結婚したい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る