第10話 告白Ⅱ

「で、どうして僕の部屋なの?」


 穂波ちゃんはリビングではなく僕の部屋へ行きたいと言い出した。


「ここなら、もし春輝先輩の親御さんが帰ってきても大丈夫そうなので」

「今日は親、帰ってこないよ。母は夜勤で、父は出張だから」


 母は夕方から仕事に行って、帰ってくるのは深夜帯だ。たまに日の出より一時間程度前に帰ってきたこともあった。


「そうなんですか」


 家の中に、年頃の男女が二人っきり。普通なら女の子の穂波ちゃんが男である僕を警戒しないといけないのだけど、彼女はそんな素振りをちっとも出さず、微笑んでいる。


「そんなことより春輝先輩、どうしたんですか? 何かあったんですよね?」


 貞操の危機を〝そんなこと〟と切り捨て、穂波ちゃんは僕に事情を聞いてきた。それは不確定的に問うているのではなく、何かあったと断定して問うていた。

 これには僕も隠し通せるのかわからなかったし、少しでも気持ちを軽くするために話そうかと思った。


「大丈夫ですよ。春輝先輩が取り乱す理由なんて大体想像ができますが、教えてください。何があったんですか?」


 その彼女のやさしさに包まれた声音に、僕の心は救いを求めた。僕の気持ちをわかってほしい。そう、言っているような気がした。

 だから、僕は彼女の言葉に流されることにした。


「実は――」


 ♥


 下駄箱にその手紙は入っていた。差出人は不明。封をセロハンテープで止められたその手紙は、俗にいうラブレターというやつだった。

 私はこれをもらったのが何も初めてというわけではない。

 昔――といっても小学生の頃だけど――はよくもらっていた。今のように、その頃は皆が皆スマホや携帯電話を持っているわけではなかった。だから自然と告白する方法は限られていく。

 直接想いを告げる方法と、手紙に想いを認(したた)めて本人に渡す方法。主な方法はこの二つだと思う。

 自慢ではないけれど、私はそのどちらも経験したことがある。それは受け取る方も、私が渡す方も。

 貰う方は様々な人から沢山貰ったけれど、私から渡したのはたった一人だけ。それも小学生の時だ。結果は振るわなかったけれど。

 今日貰ったのは、後者の方。内容は校舎裏に来てほしいということだった。

選択権は私のほうにあるのだから、行かないという選択肢もある。

けれど私は、昔から必ず行くようにしている。これは相手が可哀想だからとか、そういう理由じゃなくて。もっと利己的な理由。ただ、たった一人の男の子に、もっと私のことを意識してもらうためだけに、私は告白を受けては断っていた。


 空が太陽の力によって青く輝き、雑木林から少し涼しい風が吹く校舎裏。私はそこで、一人の男子と相対していた。

 彼が私を知っているように、私も彼を知っていた。

 現生徒会長である望月流星。噂によると成績は学年トップで責任感が強く、正義感も強い。風紀を乱す行為を嫌い、いじめなど見過ごすことはできない。そのため生徒会総選挙ではマニフェストにいじめ撲滅を掲げていた。

 さらにさらに、彼は勉学だけでなく運動能力も抜群で。さすがに部活動でやっていたりクラブチームでやっていたりする人には勝てないけれど、それでも足を引っ張ることはないらしい。

 そんな、文武両道で才色兼備、優しい心の持ち主である生徒会長が、私の前にいた。

 ラブレターにセロハンテープで封をするあたり、きっと恋愛面においては不器用なのかもしれない。そんなところが少し可愛く思えた。おそらく、彼のことが好きな女子はこの学校にたくさんいるのだろう。そう思えるほど、彼は魅力的すぎる。

 彼は私を前にして、緊張しているのか体が固まっていた。

 制服のズボンを握りしめ、決して暑さだけのせいではないとわかるほどに顔を赤くしていた。

 対する私は慣れたもので、涼しげな表情を崩さずに、只々じっと彼を見つめていた。これは別に彼を見下しているとかそういうことじゃない。答えが決まっているから、表情を作る必要がないだけ。

 そしてついに、彼は口を開いて私に思いの丈を告げた。


「――ずっと好きでした。俺と、付き合ってください!」


 その言葉を聞いて、私は彼に答えた。

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