第9話 告白

 あっという間に時間が過ぎた。

 季節はすでに夏だ。

 色々なことがあったはずなのに、そのどれもが色褪せて過去のものとなった。

 ゴールデンウィークには家族で旅行に行った。日奈たちはいなかった。

 ゴールデンウィーク明けには中間テストがあった。僕は中間、日奈は当然のようにトップを取った。

 部活には数人だけ新しく部員が入ってきた。その中に穂波ちゃんがいた。日奈もいた。疑問を抱いたが、直接聞く勇気がなかったので、疑問は疑問のまま自然消滅した。

 今挙げたこと以上に色々あったはずなのに、今の僕にはよく思い出せない。それほどどうでもいいことだったのだろうか。



 そして夏休みまであと一週間になったある日、僕は目撃した。

 燦燦と照り付けるける太陽の下。校舎裏にあるちょっとした雑木林。そこから吹く風。そのどれもが主人公とヒロインを祝福するかのように、舞い踊っていた。

 陽が煌めき、緑葉が風に戦ぐ。まるで二人は舞台にいるようで。それを見ている僕は袖にいるようで。

 だからそう、自然と予測ができた。現状を把握することもできた。

 一人はこの学校で最も美しいとされている少女。

 一人はこの学校で一番の秀才であり容姿端麗であり生徒会長を務める少年。

 世界は二人を祝福し、この学校の生徒もそれに倣って祝福する。あの人なら仕方ない。あの人なら適任だ。逆にあの人以外になりえない。そんな意見が出てくるだろう。

 この猛暑の中、彼は汗さえも爽やかに見えるほどイケメンだった。

 その彼が、一人の少女を前にして緊張しているのが、遠くからでも分かった。

 対して彼女は、感情の読めない瞳で彼を見つめている。彼の緊張が伝播して、緊張することもない。どこまでも自然体だった。

 遂に決心したらしい彼は、口を開いた。真っ白で綺麗な彼の歯が光を反射して光ったように見えた。


「――ずっと好きでした。俺と、付き合ってください!」


 一世一代の告白。僕はその光景を目の当たりにして、逃げ出してしまった。



 僕は走って家に帰った。汗が頬を伝い、首筋を流れてシャツに染み込む。僕の汗を大量に吸い込んだシャツは重くなっていた。体に纏わりついて気持ち悪い。

 けれど僕はそのまま自室のベッドに倒れこんでしまった。僕が想像していた以上に、ショックが大きかったようだ。

 別に、日奈が誰と付き合おうが、僕には関係ない。僕には僕の人生があるように、彼女にも彼女の人生がある。そして彼女の人生の中から、僕が居なくなるだけだ。たった、それだけ。

 なのに、どうしてこんなにも胸が痛いのだろう。締め付けられるように痛い。心臓が、胸が、心が。全てが痛む。

 目がじんわりと潤っていった。同時に視界が歪む。

ピンポーン。

 インターホンが鳴った。

 今は夕方。僕が帰ってきたときはまだ太陽が出ていたから、僕は随分の間感傷に浸っていたらしい。

 僕は誰がインターホンを鳴らしたのかを確認するために、一階へと降りた。


 インターホンに搭載されているカメラのおかげで、リビングから誰が来たのかがわかる。そして、その機能を使って来訪者を確認したところ、意外な人物だった。

 僕は玄関に向かって、扉を開けた。

 開けた先にいたのは、制服を着た後輩だった。


「春輝先輩、どうしたんですか?」


 彼女は開口一番そう言った。


「とりあえず家に上げてくれませんか?」


 僕は拒否する理由も気力もなかったので、穂波ちゃんに言われた通り彼女を家の中へと通した。

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