第二章 もう一度、君のそばへと

第6話 変わった日常

 春休みが明け、新学期が始まった。

 春休み中はあのお花見以外にコレと言ったことはなかった。ただ一つ上げるとすれば、頻繁に日奈が家に遊びに来るようになったことか。

 だがそれは、進展ではない。昔はこれが当然だったのだから、ただ戻っただけだ。


「おはよ」


 登校中、日奈が話しかけてきた。一瞬誰だかわからなかったが、それだけだ。挨拶を返し、隣を歩く日奈に歩幅を合わせる。

 しかし、学校で一番有名と言っても過言ではない日奈が僕の隣にいるのに騒ぎにならないのって、何故なのだろう。

 そう思ったが、すぐにピンときた。日奈の雰囲気が変わっていたのだ。がらりと大幅に変わったわけではない。だた少し、ほんの少しだけ見た目を変えてきた。それだけで周りからは〝日奈〟であると認識されない。

 今の日奈は眼鏡をかけ薄いマフラーを首に巻いていた。そのマフラーもはっきり言って地味だ。眼鏡だって伊達だろう。それにスカートも長くなっている。

 これだけの違いで……いや、もう一つあるか。僕だ。僕が隣にいるから、日奈は日奈だと思われない。だって、あのキラキラした日奈が僕のようなどんよりした奴なんかの隣に居るわけがないから。そんな先入観のせいで、日奈は誰にも邪魔されずに僕の隣にいることができた。


「今日から二年生だね。先輩だよ」

「少なくとも僕に後輩と呼べるような間柄の人はできないだろうな」

「あれ、ハルって部活入ってないの?」

「入ってるよ。あんまり部員もいない文化部だけど」

「なら後輩できるじゃん」

「そうかな」


 そう言ってみたけれど、僕が考えるにできない確率の方が高い。

 僕が所属しているのは文芸部だ。と言っても、小説が好きな人が集まっているわけではない。ただ、この学校が強制的に部活に入らなければいけないようにしているので、入りたくないやつが名前だけ入れてる状況。だからほとんどが幽霊部員だ。

 毎回出席していたのは僕を含め三人だけで、その二人は昨年度卒業していった。つまり今年は、僕が部長で、部の全てを任されている。顧問も放置しているのが現状だ。だから、今年もそういう人しか入らないと思っている。


「何かあったら言ってね。できる範囲で協力するから」

「お願いします」


 軽く頭を下げて言った。日奈が口を緩める。得意になった時の表情だ。


「よろしい。お姉ちゃんは素直な子、好きだよ」


 そういう意味じゃないのに、顔が熱くなる。隣を見ると、日奈も顔を赤くしているようだった。マフラーでほとんど見えないけれど、多分そうだ。慣れていないなら言わなければいいのに。僕も極力日奈に顔を見られないようにする。

 そう言えば、日奈は何部に入っているのだろう。日奈の友達が聞いていたのを思い出すが、その時の日奈は笑って「まだ考え中なんだぁ~」と言って誤魔化してたっけ。


「ねぇ、ヒナって……」

「あっ、校門見えてきたよ!」


 質問しようと口を開いたら、丁度日奈も話し始めたところだった。日奈は僕の言おうとしたことには触れず、一人で校門まで駆けて行ってしまった。



 今日は新学期最初の日なので、始業式とホームルームだけで終わった。

 そしてなんと、今年も日奈と同じクラスだった。まさか中学では一回も同じクラスになっていないのに、高校に入ってから二年連続で同じクラスになるだなんて。


「これって運命かな」


 そんなことを口にするのは、日奈だ。友達の誘いを断ってまで、僕と一緒に下校している。


「そんなわけないって。ただの偶然だよ。ぐ、う、ぜ、ん。そんなことより、良かったの?友達と帰らなくて」

「大丈夫、大丈夫。あ、でも明日からは一緒に帰れないよ?」


 それは僕もわかっている。本当は今日も僕は一人で帰る予定だったのだから。僕には日奈と違って一緒に帰るような仲の友達はいない。精々が学校の、それも教室の中で駄弁る程度で、それ以上でもそれ以下でもない。

 僕の隣を歩く日奈は、行きと同じくマフラーを巻いていた。もう春とはいえ、まだ空気は冷たい。

 僕たちは二人並んで校門を出た。


「――先輩!」


 同時に、後ろの方から一つの声が聞こえた。その声の主は、校門から出てくる誰でもない、僕に向かって言っていた。

 僕に一瞬遅れて日奈が振り向いた。そして目を見開く。

 それもそうだろう。そこにいたのは、ひと際目立つ容姿をした、どこからどう見ても見間違うことのないほどの美少女だったのだから。

 だから、日奈が見とれてしまうのも仕方がない。


「先輩! 春輝先輩!」


 その可愛い後輩は、僕の姿をその大きな瞳で認めると、僕たちのほうへ駆けてきた。


「お久しぶりです!」


 そして勢いそのままに、僕の方へダイブ。僕は後ろに転びそうになりながらも、頑張って耐えて、腕の中にいるその子の名を呼んだ。


「――穂波ほなみちゃん?」

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