第5話 お花見
そしてやってきた、お花見の日。天気は快晴、気温も温暖で過ごしやすい。絶好のお花見日和だった。
場所は都内の公園で、毎年沢山の花見客でごった返す場所だ。
「お~い! こっちこっち!」
先に場所取りをしてた父が、僕達を手招く。そこは一本の桜の木の下だった。風に吹かれて花びらが舞っている。
案の定というか、やはりというか。公園はお花見客で雑踏していた。その中にぽかんと空いた、大きな空間。間違いなく、お花見に最適な場所だった。
恐らくこの場所を取るのにも苦労したのだろう。父の顔には隈が浮かんでいた。
あらかじめ敷いてあったブルーシートの上に、僕達は座った。母達が、お弁当や飲み物を出していく。今日は休日なので、お酒もある。ビールにチューハイ、ハイボール。様々な種類のお酒がある中で、僕達が飲むジュースは少数だった。二リットルペットボトルに入ったオレンジジュースと、普通のサイズの炭酸飲料が数本。それにお茶があるだけだ。子供が僕達二人しかいないから仕方ないけれど、せめてバリエーションだけでも増やして欲しかった。
「さて、準備もできたところで乾杯をしよう!」
僕の父が、乾杯の音頭を取る。透明のプラスチックコップに入れられた金色に輝くビールを片手に、立ち上がった。そしてコップを前に突き出し、
「乾杯ー!」
「「「「「かんぱ~い!」」」」」
全員で飲み物を上に突き出し、乾杯した。
父はビールをコップに注いでいたが、缶チューハイを飲んでいる母は缶のまま飲んでいた。僕達はペットボトルのままだ。実は僕も日奈もあまりオレンジジュースが好きではない。
「こういうの、いつぶりだろうね」
ワイワイガヤガヤと騒ぐ大人たちの喧騒を聞いていると、隣に日奈が寄ってきた。
真っ白なワンピースの上に、クリーム色のカーディガンを羽織っただけの日奈は刺激が強すぎた。
胸元を大きく強調するタイプのワンピースで、さらにスカートの丈も膝上程までしかない。
いくら幼馴染みと言っても、僕達は男と女だ。当然体格に差ができる。僕はその体の違いに目が釘付けだった。
「聞いてるの?」
「う、うん。多分……小学生の時以来、かな?」
僕が日奈に目を奪われていることに気付いておらず、ただ質問を無視されたと思った日奈は、少し拗ねたような声音で再び問うてきた。それに僕は
「そうだよね、やっぱり。……ハルは中学の時、何してた?」
「別に何も。ただゴロゴロしてた。一日中、家の中で」
「そうなの? 私はね、沢山お出かけしてたの。友達と」
僕達はお互いに、お互いの事をよく知らない。特に中学に入ってからは。休日は何をしていたのか。どんな友達がいたのか。どこの部活に所属していたのかすらも日奈は知らないだろう。知っているのは学校での姿だけ。それも一日に一度会えるか会えないか程度の頻度でしか、お互いのことを認識できない。
その穴を埋めるように、僕達の関係を修復するように、日奈は僕に一歩近づいてきた。だから。
「その友達って、皆女子?」
「……ううん、男子もたまに混じってたよ」
よりによってなんてことを聞いたんだ僕は。日奈も僕から目を逸らして下を見ているではないか。明らかに間違ったことを聞いた。僕は選択を誤った。
「どこで遊んでたの?」
けれど。たった一度誤った程度で、この会話を途切れさせてはいけない。この程度のミスは、過去に犯した最大で最悪のミスに比べれば小さなものだ。
「大体は近くのショッピングモールで遊んでたかな。プリクラとか」
「なんか、女の子っぽい」
「私は女の子ですぅ~」
「そうだっけ?」
「あーひっど~い」
こんなものは軽口の内にも入らない。その証拠に、日奈は笑っている。久しぶりに見た気がした。
中学の時に遠目から見た笑顔、高校に入ってからたまに見かけた笑顔。そのどれもと違う、小学生の時、毎日見ていた、あの天真爛漫でこちらも笑顔になるような、そんな笑顔。つられて僕も笑顔になる。
今だけ、僕達は、体の状態も周囲の空間もそのままにタイムトリップしていた。
──この時僕達は、後に起こる怒涛の事態を、全く予想していなかった。互いの過去を互いが知らなかったが故に。
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