大きらいな歯医者

のりたか

白地図

「弘人、きょうはさぼるんじゃないよ。四時だからね、ちゃんと行ったか歯医者に電話するからね」

学校に行く前、母は玄関でいう。昨夜とけさで二度目だ。

「わかってるって、行ってきます」

 ぼくはそういい、力を込めてドアを閉めた。外は冷たく短パンなので両足へ鳥肌が立った。ぼくは小走りで学校へ向かった。

きょうも歯医者は行かない。痛いときは薬を飲んで治まっている。

なんといってもキーンとする機械の音、ついでに歯が痛い。

一カ月前、学校の健診で虫歯はさらに増えた。歯医者へ通ったが途中で行かなくなる。それが理由だった。歯医者へ通い余計に痛くなったときもある。下の奥歯に穴を空けられ、白いセメントのようなものを詰められた。家に帰ると、そこがだんだんと痛くなったので、彫刻刀の細い刃でどうにかとると治まった。

これも歯医者が嫌いな原因だ。母はお金を払っているのだから、しっかりと治しなさいという。でもお金を払って痛むのはおかしい。

それならと、歯医者のお金で菓子やジュースを買ったこともある。

そのとき母は怒った。でも痛くないときに歯医者へ行くのもおかしい。母は『痛まないときに治すのが予防よ』というが、歯医者自体がもう嫌いだった。注射はやったことがないけれど、歯ぐきに注射はまったくの拷問だ。いじめよりひどい。腕の注射でとても痛むのに、歯ぐきとは考えられない。ぼくは身震いする。立ちどまって忘れよう顔を左右に振った。そのとき後ろから声が掛かった。

「弘ちゃん」

 振り返ると、親友の宗太だった。

「おはー」

 たぬきのような丸い目で面白い顔だった。

「白地図の宿題やった?」

「きょうだっけ、提出は?」

 まったくやっていなかった。

「そうだよ、やってないと正座だぞ」

 横の宗太はぼくより背が高く水泳部に入っている。十一月では自主練習らしく、たまに室内の市営プールで部員と泳ぐらしい。

「宗太、あとで見せてよ」

「いいけど、社会は二時間目だよ」

「間に合わないかな」

 白地図は一ページ。地図帳を見ながら色鉛筆で国を分けて塗る宿題だ。

「むりだって、忘れたっていうしかない」

 正門に近づくとぼくは走った。早く教室でやらないとならない。

「待てって、ぼくが行かないと白地図が見れないぞ」

 宗太の声が聞こえたが走った。横の飯塚沙世にもお願いしよう。

 六の三の教室に入ると時計を見た。七時五十分だ。いつもより走っただけ早い。机に来るとカバンから教科書を出す。そして後ろのロッカーへカバンをしまった。沙世もいる。

「おはー、飯塚頼みがあるよ」

 おかっぱが伸びた髪で、目は大きく鼻が低い。口は小さめでクラスではまあいいほうだ。

「また宿題?」

「ピンポーン」

「まさか地図?」

「ピンポーン、頼む」

 目を閉じて手を合わせた。

「しょうがないね」

 沙世は白地図を出し、宿題の箇所を開いた。ぼくは急いで色鉛筆を出して塗り出した。

「やってるじゃん、がんばれ」

 宗太の声に返事をしていられない。塗るのは雑だが進めるしかなかった。

 ぼくは一番後ろをチラッと見た。やはり後藤晃も白地図をやっている。ただ横の女子も手伝っている。自慢ではないがクラスでぼくと晃が宿題の忘れ王だ。でも晃はサッカー部で背も高くかっこよく、女子に持てる。ぼくはまったく持てないため、手伝いがいてうらやましく思う。そんなことで晃をあまり好んではなかった。

クラスではリーダー的な存在も理由だった。

 八時十分になると担任の吉川先生が来るので急がないとならない。

女の先生のくせに厳しい。まだ四年のときは男の先生は面白く人気があった。吉川先生はメガネを掛けていて、冗談もなく面白くなかった。担任が来た。

「あー、ダメだー」

 とつぶやいた。沙世がのぞく。

「雑できたなーい、半分もいってないじゃん。ダメだね」

 学級委員が号令を掛けた。一時間目の休み時間にやっても終わらないはずだ。でもまったくやらないよりいいのでやるつもり。


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