カレーじゃありません!

西順

第1話 或日

 小説を書く度に辛い思いを重ねてきた。


 嫌いになれたらどれだけ楽だったろう。いやもう小説を書くのは辞めよう。


 一ノ瀬いちのせ 虎一こいちは物書きである。


 そうは言ってもWEBに小説を投稿しているだけの、『自称』物書きだ。


 趣味と断じるには夢があり、いつか『自称』を外して、物書きと呼ばれたいと思って活動している。


 だから書いている小説には全力傾注しているが、いかんせん自分に才能が無いことも痛感している。


 天才のようなヒラメキもなく、かと言って努力型のようにコツコツやることも、秀才のように分析する事も苦手だ。


 その為虎一の小説には『これだ!』と言うような特筆すべき部分がない。と自覚している。


 ならば努力ぐらいしろ! と自分を鼓舞させたい所だが、生来の怠け者である虎一に、努力も頑張る事も無理な話だった。


 なので虎一は今日も何となく小説を書き、WEBサイトにアップしては、好評価を獲られない所か、まるで読まれも見向きもされていない事に、凹んでいる。


 何となく書いているのだから、凹むなんて烏滸がましいと自分でも思うが、これでも書ける最大限のものを書いているのであり、やはり低評価は心に響く。


 虎一は心が辛くなると、辛い物を食べるようにしている。つらいとからいをかけた駄洒落である。まるで笑えないが。


 辛いと言えばカレーである。今の世の中辛い物はいくらでも存在するが、虎一の中では決まっている。ルーティンであると言えば聞こえは良いが、それも固定観念であり、ここから抜け出せないのも物書きとして辛いと感じていた。


 何はともあれ今日も今日とて虎一はカレー食べている。


 家に帰ってキッチンの流しの押し入れからレトルトカレー《中辛》を取り出し、器に移してラップをかけて2分待つ。


 何故辛い物を食べようと言うのに、《大辛》でなく《中辛》なのかと言われれば、虎一が辛い物が苦手だからとしか言えない。


 虎一的には「辛いの苦手なのに《中辛》食べちゃうなんて自分スゴい!」と自分への褒めポイントなのだが、こういう細かな所が世間とズレているのも、虎一の小説が評価されない部分だった。


 2分経ち、熱々になったカレーの上からご飯を乗せて卓につくと、虎一はカレーをぐちゃぐちゃにかき混ぜた。何故そうするのか。それが一番美味しいカレーの食べ方だと虎一は信じているからだ。


 と言っても深い信念がある訳もなく、昔見たテレビで混ぜるのがカレーの正しい食べ方だと言っていただけの事だが。


 2020年の夏は、期待していたデカい競技大会も来年に先送りとなり、テレビでやっているのも虎一の趣向と合致しないものばかりだ。まあ、デカい競技大会がやっていても見ていなかったと断言出来るが。


 エアコンの効いた部屋で熱々の《中辛》カレーを汗をかきまくって食べ終えた虎一は、気分が一新した事もあって、今日もパソコンに向かって小説を書き始める。


 帰宅時はあれほど小説を辞めたいと願っていたと言う事もすっかり忘れ、虎一は一心に打鍵していた。


 一ノ瀬 虎一とはそう言う人物である。


 小説を書くことを嫌いになろうとしてもなり切れない、誰からも支持されなかったとしても物語を紡ぐ事を止められない、小説を書く何の才能が無くても書かずにはいられない、生粋の小説バカだった。

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