第2話:深紫色の耀きと、『何か』

 「──おい! 待てよ、そこのオッサン。どうせなら俺とも遊ぼうぜ?」


 あえて興味を自分へと向けさせるため、性には合わないが少々大げさに挑発する。


 今尚いまなお、必死に抵抗を続けている少女を抜いた不良三人組が一斉に少年の方へ振り返った。



 「……あぁん? 今、なんつったテメェ」



 下卑た笑みを浮かべていた大男が、一転。


 瞬時に鋭い眼光で少年を睨めつける。


 大男に続いて、今まで黙っていた手下達も次々と声を荒げた。



 「あぁ? 誰だぁテメェ! スカした面してんじゃあねぇよ!!」

 「正義の味方ヒーロー気取りかぁ? オイ! 女の前だからってカッコつけやがって!!」


 その言葉に流石にカチンときた少年が負けじと言い返そうとしたとき、遅れて少女が少年の方へ振り向く。


 少年の存在に気付いたのか、一度ハッと息をのんでから突然現れた一縷いちるの望みに、少年へ必死に助けを求めてきた。



 「……っ! あ、あの! た、助けて下さい!! お願いしまっ───」



 が、またも腕を強引に引っ張られ───



 「──オイオォイ、オメェは黙っとけやぁ。そんなに叫ばなくても後でいぃ~ぱい叫ばせてやるからよぉ。それもじぃ~くりとなぁ。イッヒッヒ」



 ───強制的に黙らされてしまった。


 少女はその言葉に少なからず恐怖を感じたのか、俯いてフルフルと震えながら黙り込んでしまった。……その姿は目尻に涙をため、今にも泣きそうだ。


 大男はその様子に満足したのか、手下達に少女を無言で預ける。


 そしてくだんの少年の方へゆっくりと、あるいは威嚇するように歩みを進めていく。


 そして少年との間、約一〇メートルほどの位置で止まって、おもむろに口を開いた。



 「……おい小僧。逃げるのは今の内だぞぉ? なんてったって俺らはブラック・ピエローズに所属してるんだからなぁ。手ぇ出したらどうなるか知ってんだろぉ? だったらとっとと失せろやぁ」

 「そうだ、そうだ!」

 「アニキの言う通りだぜ! とっとと失せな!」



 大男が自分の所属している集団チームを盾に少年へ脅迫、もとい宣言をして、手下達もそれに続く。


 だが、その言葉に少年は鼻で笑って一蹴、相手を小馬鹿にするように挑発する。



 「ハッ、なぁにがブラック・ピエローズだよ。生憎あいにく俺は今日王都に来たばかりでね。そんなダサい名前は聞いたことが無いな。──それに、か弱い少女に寄ってたかって恐喝するほどの小物に負けるワケがねぇだろうが」

 「なっ!?」



 ダサいを強調したその言葉に、大男は顔を真っ赤にしてプルプル震えると、鼓膜が破れんばかりの大声で、少年に怒りの念を叩きつけた。



 「こぉんのクソガキィ……ッ! このまま恐れをなして逃げたのなら許してやったものをぉ……ッ! よりにもよってブラック・ピエローズをバカにしやがってぇ……! 許さねぇ……。テメェは絶対に許さねぇぞッ!! ぶっ殺してやるッ!!!」

 「……いや、短気すぎだろ」



 少年がその短気さに驚愕していると、大男はその言葉を無視して────我を忘れて叫ぶと同時に、ジャケットの懐から携帯用の小型ナイフを取り出して疾走、少年に目掛けて駆けていく。


 そのまま、鬼の如き形相で斬り掛かってきた。



 「死ねやオラアアアアッ!!!!」

 「……はぁ」



 少年は思わずため息を吐く。速度は意外にも速い──が、ただ、それだけだ。


 如何いかんせんナイフの握り方や扱い方が雑過ぎる。


 おそらく今まではその山のような筋肉の力によるゴリ押しで通していたのだろう。


 だがしかし、アレじゃあ命中ヒットしたとしても大した傷を与えられないだろうことは明白である。


 ──少年に斬撃が迫る。


 だが、少年はナイフという凶器で攻撃をされているにも関わらず、今も尚、全く動じないで泰然たいぜんとした態度を崩さない。


 大男の稚拙ながらも凶悪な斬撃は、既に射程距離に入っているのにも関わらず、だ。


 ──少年がニィと口の端を吊り上げ、嗤った。


 すると次の瞬間、少年の身体が深紫色に光り耀き───刹那、背後にが薄らと顕現した。



 「ッ!? な、何だそれはッ! ──だがもう遅いッ! これで終わりだアアアッ!!」

 「“──────”」



 さらに少年が何かを呟くと同時、纏っていた深紫色の光の耀きがさらに増し、辺りに濃密な威圧感が満ちる。


 光を纏った少年は、大男の斬撃を素手で掴むと、そのままへし折った。



 「なにぃ!?」

 「──ふんッ!」



 短剣をへし折った少年は、間髪入れずに大男の鳩尾へ一撃スマッシュを叩き込む。



 ────バキィッ!!!



 「ブフォォォォッ!!」



 その一撃をくらった大男は、情けなく奇声をあげながら後方にいた三人を通り越し、高速で吹っ飛んでいったのだった。



 ヒュウン────ドザザアアァー……。



 「……へ?」

 「……ほ?」

 「……す、すごい……っ!」



 手下二人は自分たちの信頼するリーダーが倒されるという、まさかの結果に呆然自失。


 少女は恐怖に身を縮込ちぢこませていた状態から一転し、今の光景を見て尊敬したからなのか、少年のことをキラキラと輝く目で魅入っている。


 少年の身体に纏っていた深紫色の光と背後の何かが消失。手下達の方へ向く。


 

 「ふぅ……。さて、お前らはどうする? まだやるなら相手、するぞ?」



 少年が嗤いながら手下二人を鋭い眼光で睨みつけ、威圧を掛ける。


 すると、拍子抜けしてしまうほど効果覿面てきめん、しどろもどろと言い訳をしながら、少女を手放す。



 「あ、あはは……。お、俺ら用事を思い出したんでか、か、帰りますね……っ!」

 「そ、そうだな……っ! こ、ここに居たらじ、邪魔だろうしな! は、ははは……っ!」



 二人組は恐怖からか、大量に冷や汗をかきながらジリジリと後退。


 少年へ絶えず愛想笑いを浮かべながら大の字に転がっているリーダーの大男を慌てて抱え、少年にペコペコしながら奥方へと逃げていった。



 「……はぁ、またやっちまった……。戦闘中に性格が変わるの、早くどうにかしないとなぁ……」



 そう少年が自分自身に呆れていると、切羽詰まった先程とは違う落ち着いた───いや、先の光景を見て興奮した可愛らしい少女の声が少年の耳朶を打った。



 「──あ、あの! この度は助けていただき、ありがとうごさいます。 この恩は絶対に忘れません。 本当に、ありがとうございました!」



 襲われていた当人である少女が、律儀に少年へ感謝の礼をする。


 その言葉を聞き、遅れて少女の存在に気がついた少年は、瞬時に爽やかな笑みを作って少女へ返事をした。



 「いや、そっちこそ無事で良かった。──一応、ケガはないか?」



 そう少年が声を掛けると、何故か少女はボンっと頬を朱に染め、一度俯いてあわあわしてから少年へ返事をした。



 「(~~~~っ!? あ、あぅ……か、カッコいぃ……)あ、だ、大丈夫です! あ、あの人達はすっごく怖かったですけど、う、腕の方はちょっと強く掴まれただけなんで!」

 「……そうか。本当に無事で良かったな」

 「い、いえ……っ! ご、ご心配していただきありがとうごさいます。……あ、あの、もしかしてベールクレスト学院の生徒ですか?」

 「ん? ──ああ、そうだ。今日入学するためにここ──王都シガリアに来たんだ。まさか来て早々こんな災難に遭うとはな……。その制服、キミもベールクレストの新入生だよな?」



 前述した通り、少女は少年と同じ白を基調とした高級な制服を着用している。



 「は、はい、そうです。私も学院に向かっている途中に突然、あの人達に絡まれてしまったんです。……よ、よろしければ、一緒に学院に行きませんか? ……あ、い、いやならいいんですけど!」

 「──いや、丁度ちょうど良かった。実は俺、道に迷っててさ。今日シガリアに来たばかりだから土地勘がないんだよね。それで学院への行き方を知ってる人を探してたんだ。こっちこそキミが良いなら一緒に行こうぜ」



 少年がそう言うと安心したのか、少女はホッと胸を撫で下ろした。


 そして思わず見惚れるような、満面の笑みを浮かべて少年に返事を返した。



 「そ、それなら良かったですっ! 私は学院までの行き方を知っているので一緒にいきましょうっ!」

 「……あ、ああ、そう言ってくれると嬉しいよ。──じゃあ、行こうか」

 「は、はいっ!」



 二人は学院に向かって歩き出す。


 少年は学院への道のりを知っているという少女について行くと、自分がどれだけ王都ここを知らないのかを痛感した。


 なにしろ、少年が行こうとしていた道とは全く違う場所を歩いているからだ。


 (──……危なかった。あのまま一人で行動してたら入学式に遅れるかもしれなかったな……。今の内に周りの景色とか覚えとかないと)


 そんな風に学院への道のりや風景を覚えながら歩き始めて数分のこと。


 同じ新入生ということで色々と雑談をしながら歩いていた二人は、お互い自己紹介していないことに今更気がついた。



 「──そういや、自己紹介がまだだったな。オレの名前はファルネオ・シュバルキヤっていうんだ。よろしくな」




         *




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