サイドストーリー01 霜月琴子という女性。その3。(終)
数か月後。琴子は再び、試験会場を訪れていた。目的は前回受けた試験の更に一つ上の級、準一級の受験だ。決して、数ヶ月経ってももやもやが取れず、あの時の子から話を聞きたいとかではないのだ。そもそも何の話を聞きたいのかすらも曖昧で会えるかどうかすらも不明なのだ。
そうして、琴子は何故か自分の受験する級とは違う階を忙しなく歩き回るという挙動不審さを発揮していた。もっとも、階層的には一番子供が多い階をうろついてるので怪しくは無いのだが。
歩き回る事5分。意外とすぐに目的の子供は見つかった。
彼は友人だろうか?何人かの子供達と和気藹々と話をしていた。
……。
何だろう。とても話しかけづらい。
一応、学校には友達はいるが家に帰れば習い事漬けの琴子である。はっきり言ってしまうと彼女はそれ程コミュニケーション能力が高くないのだ。
そうして、声もかけられない状況が続きずっとそちらを見ていたからだろうか、彼の友人と思わしき一人の少年がこちらを指さしてきた。
「なんか、あの子ずっとこっち見てね」
「え、そうなの?」
視線が集まり琴子は思わず身を固くする。
そうこうしていると彼もこちらを向いた。そうして訝しそうな視線の後、露骨に「ゲッ」という顔をする。
如何やら彼は琴子の事を覚えていたらしい。
何故か無性にその顔にイラっと来た琴子は後先を考えず彼の、棗三芳の手を取って連行する。
「え、ちょ、何」
「いいから、ちょっと来なさい」
後ろから糞餓鬼がひゅーひゅーと低俗なヤジを飛ばしてきたので琴子は本気の一睨みをかます。すると先程の威勢は何だったのか途端に静かになった。ついでに文句を言っていた三芳も静かになった。
そうして、一つ上の階層へと二人で移動したのだが、衝動的な行動であったためこれからどうしていいかわからなくなった琴子である。
「ええっと……」
「な、何よ」
「え。えぇ……」
そして、当然ながら琴子よりも困惑している人物がいた。三芳である。突然連れてこられて何?と聞こうとしたら向こうから質問もないのに何といわれるのである。理不尽の権化であった。
「俺、ホントに何で連れてこられたの……」
「え、えぇっとそれは……そうよ!貴方、前回の試験落ちたでしょ」
「え。何で知ってるの。こわい」
こわいの言葉にショックを受ける琴子。子供のストレートな言葉はやはり威力が強い。
「そ、それは、貴方の受験票を見たからよ」
「いや、確かに見せたけど……ホントに一瞬だったと思うんだけどなぁ……」
「それで、今回は受かりそうなの?」
「うーん、どうだろ。受かったらいいなぁくらいかなぁ」
「貴方その調子だと今回も落ちるわよ……」
ぽわぽわした三芳の言いように思わず他人事ながら不安になる琴子であった。思わず呆れた表情になってしまう。
「試験勉強はちゃんとしたの?」
「過去問を数問程度は……」
「貴方、本気でやる気あるの?」
琴子に半眼で睨まれ三芳はたじたじだった。
「い、一応……」
「一応って貴方ね……」
あまりの張り合いの無さに琴子は思わず呆れてしまう。はぁ~というため息がこぼれるのも仕方のない事だろう。
「ホント貴方、何のために受験してるのよ……」
「お、お母さんが2級に受かったらゲーム機買ってくれるって言ったから……」
ついに天を仰いだ琴子である。
「貴方ね……一回の受験にそのゲームのソフト一本分くらいの値段がかかってるのはご存知?」
「うっ……」
如何やら知ってはいるらしい。それでいてこの態度とは何という奴だろうか。
「貴方、もし次落ちたら……」
「ヒッ!?」
両手で肩をがっちりホールドして言ったら思った以上に驚かれてしまった。琴子としてはしっかり目を合わせていっただけのつもりなのだが三芳には恐怖に値する何かがあったらしい。
琴子から放たれる謎の圧に三芳はじりじりとすり足で後退しようとするが、肩を掴まれているため逃げられない。
琴子は三芳の後退が止まったのを確認し片手を離す。そうして、ポーチに手を突っ込み一枚の紙きれを取り出した。
「これ、私の名刺よ。電話番号もメールアドレスも書いてあるわ。解らない問題があれば連絡してくれていいわ。というか、連絡しなさい。わかったわね?」
「は、はい……」
そういうと琴子は満足そうにさらに上の階へと消えていった。
残された三芳は前回とは反対に呆けた様子で琴子を見送ったのだった。
そうして、琴子はストレスなく受験に臨むことに成功し無事準一級を通過した。
逆に全く試験に集中できなかった三芳は今回も受験に失敗したのだった……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これにてサイドストーリー01は終了です。楽しんでいただけたら幸いです。
今回のサイドストーリー01は何となく琴子のイメージを把握してもらおうと思い書いたサイドストーリーでした。琴子のキャラクター性が読者の皆さんにしっかりと伝わってたらいいなぁ。
ちなみに現代では、琴子はコミュニケーション能力の上昇に伴い子供の頃のつんつん具合が減って大人な女性という感じなっています。逆に荒波にもまれ、ネットに染まった三芳は性格がそこそこ歪んだ感じになってしまっています。
そういえば、先日、♡をたくさんつけて頂きました。やはり、自分の作品を気に入っていただけると嬉しいですね。よろしければ、フォローしたり♡をつけたり☆をつけて頂ければ作者が喜びますので是非に。
それでは、次回はアパート前で琴子と鉢合わせてしまった三芳の行く末はいかにというところから再開です。お楽しみに~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます