第9話 それは反則だと思う。
何事もなく通り過ぎようとした俺の腕は霜月さんに掴まれていた。
「……なんでしょうか」
できる限り素知らぬふりで対応する。霜月さんには申し訳ないがそれが一番だろう。
ちらりと彼女の方を向くと彼女自身、自分の行動に混乱している様だった。そうして、何度か口を開いては閉じるを繰り返していた。
「あっ、その……ぁ……っ……」
「……あの、何もないようでしたらもう行かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
どうしていいのかわからず、つい突き放すような口調になってしまった。
しかし、長年お世話になっておいてあれな話だが、今の俺に関わる事で霜月さんにこれ以上の迷惑をかけるわけにはいかないと思うのだ。会社を辞めた事でも相応の迷惑をかける事になったのは非常に申し訳ないが、それでも俺を置いておく方が間違いなく彼女が被る迷惑は多くなるはずなのだ。
だから、すっと彼女の温かい手をとり、袖からほどく。
「……それでは。――さようなら」
「……ぁ」
そうして、手をほどき、別れの言葉を告げ、最後に彼女の顔を見てぎょっとする。
……かれこれ10年以上の付き合いになる霜月さんだが、その彼女が泣いている顔を見たのは初めてだった。
ど、どうすればいいのだろうか。
「えっ、いや、あの」
「うっ……うぅ……えぐっ……」
「えっ、えぇ……」
ガチ泣きである。
は、ハンカチ……ってない!?
そ、そうだ、携帯と鍵と財布しか持ってきてないんだった。
ど、どうしよう。霜月さんがいる以上、部屋に取りに戻る事は出来ない訳だし。
うーん……。近くのコンビニにティッシュを買いに行く?……流石に今の泣いている霜月さんを放置していくわけにはいかないよなぁ。
いろいろ、悩んだ結果、彼女の背中を擦りながらコンビニまで移動する事になった。
一応、泣いていながらも霜月さんはこちらの指示に従ってくれるようなので背中を擦りながら彼女をコンビニの方へと誘導する。
なんとか、霜月さんを連れてコンビニにたどり着くことが出来た。道中に一度、自転車に乗った通行人とすれ違ったがぎょっとされただけで済んだ。本当に今が人通りの少ない夜中でよかった。
未だ泣いている霜月さんにはコンビニの前で待ってもらい速攻でポケットティッシュを買ってくる。
「あの、これ。よろしければお使いください」
「ぅ……ぐすっ……ありがとうっ……ございます……」
そうして、端に寄り彼女を励ます事約10分。
ようやく落ち着いてきてくれた。
「ぐすっ……その、少しだけお時間いただいてもよろしいですか?」
うぐ、涙目でそうお願いされては無碍にしづらい。
拒否してまた泣きだされても困るしな……。
「……そうですね。わかりました。晩御飯がまだなので近くのファミレスでお話を聞かせてもらいます」
「ありがとうっ……ございます……!!」
そうして、彼女が完全に落ち着いてからファミレスへと移動した。
夜遅くのファミレスは人が少なく日中とは違い落ち着いた雰囲気があった。
俺たちがファミレスに入ると入店音がなり奥から女性の店員さんが出てくる。
「いらっしゃいませ~。何名様でしょうか~?」
「2名でお願いします」
そう言いつつ、俺が前に出てできる限り後ろの霜月さんを隠す。
今の彼女は随分と泣いていたからか目元が赤くなりメイクが一部にじんでいる。あまりこの様を他の人に見せるものじゃないだろう。
そうして俺の目論見は上手く行ったようで店員さんは俺の方ばかりを気にして後ろの霜月さんには見向きもしていなかった。
「で、では、こちらの席へどうぞ~」
「あ。できれば奥の方のあまり人目につかない席がいいのですが……」
「はい!わかりました~!」
人が少ないからか有難いことに座席の要望まで聞いてくれた。本当に有難い。
隅の席に誘導してくれた店員さんに感謝を伝え、「注文が決まったらお呼びします」と遠回しに一度二人きりにしてほしいと伝えたら「わかりましたー!」と飛ぶようにいなくなった。本当に気の利く店員さんだったな……。
「あの一度、顔を洗われてはいかがでしょうか。私は先に晩御飯を済ませてしまいますのでゆっくりしてきてください」
「……ありがとうございます」
自分でもメイクが滲んでいる自覚があったのかそれとも泣きはらしたことが恥ずかしいのか霜月さんは顔を真っ赤にして化粧室へと消えていった。
しまった。コンビニでタオルでも買っておけばよかったな。肝心なところで気が利かない自分に思わずため息が出る。
恐らく霜月さんがすぐに戻ってくることはないだろうので、言っておいた通り先に晩御飯を注文してしまうことにした。
それにしてもファミレスなどいつぶりだろうか。メニュー表をみているとそんな事を思う。
ファミレスに一人で入る事など無いので来たのは本当に久しぶりな気がする。……何故だろう自分で考えておいて自分の友達の少なさに無性に悲しくなった。
俺は美味しそうなメニューを見て沈んだ気持ちを誤魔化そうとメニュー表を捲りだすのだった。
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書いていて「ないだろうので」という文章はどうなんだ……と思いながら、でも言うよなぁと思いそのまま書いてしまった。……言いますよね?
寝起きや寝る間際という頭が回っていない状態で書いてる事が多いので変な文章や誤字脱字があればお知らせ頂けると助かります。
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