サイドストーリー01 霜月琴子という女性。その1。

 霜月グループ。それは霜月良司しもつき りょうじという人物が立ち上げた小さな小会社から始まったグループで、今では医療、酒造、金融など数多の興業に関わる巨大なグループだった。現社長は霜月宗司しもつき そうじという人物でこの宗司も良司から受け継いだ才能を如才なく発揮し霜月グループの各部署の業績は社長が数度代替わりした今も右肩上がりだった。


 そんな霜月グループの現社長・霜月宗司には3人の子供いる。末っ子の霜月宰司しもつき さいじ、次女の霜月琴音しもつき ことね、そして長女の霜月琴子しもつき ことこだ。

 末っ子の宰司は初の男の子という事で周囲からもおおいに喜ばれ、可愛がられ、甘やかされつつも厳しく育てられている。

 長女の琴子もまた第一子という事で歓迎され、子供の頃から厳しい英才教育を施されていた。

 そんな二人とは対照的に末っ子の宰司とも長女の琴子とも違い、優しく、可愛がられて育ったのが次女の琴音だった。


 先程述べた通り琴子は第一子という事で幼い頃から英才教育を受けていた。子供の頃から朝昼晩とバーゲンの詰め放題の如く習い事を詰め込まれ、心休まるのは睡眠時間と習い事の合間の休憩時間のみという慈悲の欠片もない教育だ。

 その苛烈な教育が落ち着きを見せたのは彼女が6歳の頃だった。その頃が丁度彼女の物心のつきはじめで、彼女の幼い心は時期的に辛うじて守られたといえるだろう。


 そんな苛烈な教育が落ち着きを見せた理由は二つあり、

 そのうちの一つが次女・霜月琴音の誕生だった。娘が増えた事で親の琴子への重すぎる愛と期待が分散し程よい塩梅になったのだ。そういう意味で誕生から程よい教育と期待を受けて成長を続けている末っ子の宰司は幸せ者だろう。

 そして、二つ目の理由が彼女の小学校入学だった。彼女が6歳になると親の意向で彼女は国内有数のお嬢様学校に入学することとなった。それに伴い習い事の時間があまりとれなくなったのだ。

 そうして、彼女への苛烈な教育は落ち着きを見せたという訳だった。


 ただ、習い事の時間が無くなったかといえばそうではなかった。琴子が帰宅してから身を整える時間や食事の時間以外には相変わらず習い事の時間が設けられていた。それらの習い事は幼い頃に習ったものより専門的なものにシフトし、会社を経営するのに必要な技能と会社で働いていくのに必要な技能の二種類に重きが置かれるようになった。

 そうして、琴子は幼少にして大人に匹敵する頭脳を、否、専門分野において言えば並みの大人を凌駕する頭脳を持っていた。


 そんな琴子が持った趣味が資格収集だった。

 子供にしては渋すぎる趣味だが彼女の環境が子供らしい趣味を持つことを許してはくれなかったのだ。


 7歳の頃、父の秘書に連れられて英語能力検定を受けたのがきっかけで彼女は色々な資格の取得に励むようになった。どうしてそんな趣味をもったのか彼女自身も明確には覚えていないが周りにいる子供たちと一緒に何かに取り組むという事が新鮮でとても楽しかったのだと漠然と記憶している。

 そうして、彼女が9歳の頃。


 一緒に試験を受けていた子供達は殆どいなくなってしまっていた。


 ……周りを見れば大人や大きな大学生や高校生ばかり。


 ………あれだけ楽しんでいた資格収集はちっとも楽しくなくなっていた。


 …………たしかに新しい資格を取得すればお父様とお母様は喜んで誉めてくれるけれど、それを彼女は嬉しいとは思わなかった。




――そんな彼女の目の前を一人の少年が通り過ぎていった。


「え……?」


 少年は確か同じ建物の別会場に向かう休憩所に座っていた子で、この、彼女がこれから受験する会場ではないはずなのだ。


「あの、君。ここの会場は2級の会場よ?」

「ええっと……そうですね?」


 首を傾げられる。


「受験会場を間違っているのではないかしら?」

「えっと、一応これでもここの受験生のはずなんだけど……。……あれ~、間違ってたかなぁ?」


 男の子は小首を傾げたまま背中に背負っていたリュックをごそごそと漁りだし何かを取り出した。

 それはしなしなに折れた受験票で、しかし間違いなく2級という文字が書かれていた。級によって変わる受験票の色も間違いなく青色で琴子と同じ受験級だった。


 ぽかんとした顔の琴子に不安になったのか男の子があわあわとしだして、「あれ!?やっぱり間違えてた!?」といって琴子から受験票をひったくり係の人がいるところまで走り去っていった。

 固まったままの琴子は男の子が自分と同じ会場に案内されるのを呆けたまま見守っていたのだった。


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