第6話 初日にして自分がよく分からなくなる。
気づけば時刻は夕方になっていた。時間の過ぎ去りとは早いものだ。帰り道、夕暮れ空を見上げる俺の手にはかなりの量の戦利品。そして随分と薄くなった財布の中には500円玉が一つと52円……。
……つい買い物が楽しくて買い過ぎてしまった。女性の買い物が長いとは言うがその気持ちもよく分かった気がする。自分の予算内で似合うものを買い揃えるのが超楽しい。予算の幅目一杯を使って決めた選りすぐりの服を人に見せるのもそれはそれは楽しい事だろう。うーむ、今度からしっかり女性の服を褒めないとな(後、自分の服も褒めてほしい)。
それにしても、今日一日で随分と視線を向けられるのに慣れた気がする。それと、女性としての立ち振る舞いも研究してみると楽しいものだった。買い物の休憩中や袋詰め中に失礼にならない程度に道行く女性や定員さんの動きを観察するのだ。女性エチケットとして勉強になる点や男性から見て惹かれる仕草、凛として品のある動作など多数の発見があった。女性ってなんとも奥が深い。いや、何の感想だこれ……。
ふとそこで、姿が変わった初日にしては異常なほど自分がこの体に適応しているように感じた。元々、俺は精神的に女性だった?いや、それは無いな。間違いなく恋愛対象は女性だったし行動や感性、好きなゲームだって男性的だったはずだ。
だからこそ、多少の違和感はあれどあっさりと女性としての体に馴染んだ自分に少しショックを受けた。
そうして、悩み俯きながら歩いてたからだろうか。
「ひぁっ!?」
「うぉっ!?」
前から歩いてきた男性とぶつかった。
ぶつかった男性はのけぞる様にして衝撃を逃がした様だ。
「申し訳ございません!」
「あ、いえ」
「失礼いたします」
頭を下げて横を通り過ぎる。
体勢を戻した男性がぽかんとした顔でこちらを見ていたが気にせず謝罪してそのまま横を通過した。
このままぼやぼやしていてはまた人にぶつかると思い、そこからは帰る事だけに集中して軽く走って帰る事にした。行きと違いガラス靴ではなく新しく買ったレースアップブーツを履いている。レースアップブーツはかっちりしたブーツの為、少し足首がこすれて痛いがここから家まで5分ほどのはずなのでそれくらいであれば我慢できるだろう。
それじゃあ、――GO!!
「ただいま戻りました」
玄関で誰もいない暗い自室に向けて挨拶をする。
あれから大体3分ほどで家についた。少しだけ心拍が上がった気がするが息は乱れていない。そして、買い物の間に色々と考えた結果、喋り口調はできうる限り記憶の中のスノウに似た喋り方をすることにした。この見た目で男言葉を使う訳にはいけないし、それでいて女性言葉を好き放題喋ればキャラぶれの激しい精神不安定ちゃんになりかねないので、ある程度の意識統一は必要だと考えた結果が自分の中にあるイメージのスノウを喋らせるという方法だった。これが、案外しっくりときたので買い物の途中からはずっとスノウモードだ。
ブーツを脱いで部屋に入ると手始めに買ってきた食品を冷蔵庫へ片づけることにする。肉や野菜に切らしていた調味料類。そして、簡単に使えるレトルト食品を冷蔵と冷凍に分けて突っ込んでいく。野菜は野菜室だ。これで1週間は買い物に行かなくてもいいだろう。
「はぁ……」
椅子に座ると自然にため息が漏れた。他の人より素早く適応できたというだけで今日色々な事があり精神的な疲労がたまっていたのだろう。
迫ってきていた睡魔に気づくことなく気づけば意識を手放した。
「う、うぅん……」
目が覚めると外は暗闇に包まれていた。どうやら電気をつけたまま椅子で寝落ちしたらしい。すごく体が張っているように感じる。
このままここで寝続ける訳にはいかないので無理やり体を起こす。取り敢えず、窓のカーテンを閉めに向かうことにした。
暗闇に染まるガラス越しにスノウの整った要望が映りこむ。わかっていた事だが、やはりスノウは尋常じゃなく可愛い。本当に同じ人間なのかと疑問を持つレベルで可愛い。
ふと、頬に手を添えてみる。あざと可愛い。ウィンクしてみる。……可愛すぎて心臓が痛い。キャピっとピースをウィンクに添えてみる。くっそっ、何しても可愛いなこの野郎っ!
はぁはぁ、と荒い息を吐きながらカーテンをシャッと閉める。
振り向き時計を見ると時刻は2時40分。うわ、8時間くらい寝てるよ……。ん~?何か忘れてるような……。
「あ、ソシャゲの日課消化してない」
俺がメインでやっているゲーム「Note of Wisdom」は4時で日付切り替えなのだ。そして、起きてからほとんど携帯を触っていなかった俺は当然日課の消化も終わっていない。
まずい。このゲーム、そこそこ日課が多いのだ。後、1時間20分……恐らくは間に合うはずだが稀に出現する隠しステージなど発見しようものなら寄り道して間違いなく終わらなさそうだ。
急げ~、間に合うかー?
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