現れたそのシルエットは、最初は巨大な恐竜のように見えた。特徴的な嘴のような形状は、恐竜図鑑に載っているティラノサウルスのような肉食竜を想起させる。

 だが、胴体があるであろう部分は海藻のようなものが垂れ下がっており、その隙間からはあろうことか、無数の触手が伸びていた。

 巨大な生物という時点で精神的なショックは凄まじいというのに、その異形的な姿は、確実に僕らの正気を削り取ろうとしているように思えた。

 事実、この場にいる誰もが、その異形を目にして絶句していた。誰もがそれを、ゆめか幻かと思いたかったことだろう。

 遠目故に正確な大きさまでは測れなかったが、周りの家との比較から十階建てのビルを軽く上回る体高だというのは何となくわかった。

 それを踏まえた上でアレを表現するなら、『怪獣』以外の何物でもないだろう。


 怪獣。非現実の最たる、生きた災害の如き存在。おおよそ空想の世界か、あるいは神話の世界にしか存在しえないような巨大なる怪異。それが僕達の前に非情なる現実として具現化していた。


 触手をくねらせた怪獣が口を開き、己の存在を誇示するかのように高らかに吠える。その遠吠えは空気を激しく震わせ、離れている筈の僕達の元に突風の如き形を伴って叩きつけられた。

 それを浴びせかけられた僕らに、悲鳴を上げるような気力は意外なほどにも無かった。誰もが、光景に圧倒され、恐怖していた。


 この時、僕を含めた誰もがこう祈っていたであろう。「頼む、自分には気づかないでくれ」と。

 だが、そんなささやかな願いも虚しく、怪獣の顔が、落ち窪んで見えない目が、僕らの姿を射止めるように向けられた。




 その時だった。怪獣の視線を阻むように、眩い光が立ち上ったのは。





 天にも届きそうな光の柱が、徐々に収まって来たかと思うと、何かの形を成していく。左右に一本ずつ光が伸び、所々にくびれのようなものが出来る。

 最終的に形を変えたそれは、まるで燃え上がる人のような形をしていた。


「光の……巨人……」


 誰かがそう呟いた。


 実際のところ、この光が自分達の味方なのか、もしくはあの怪獣と同じような脅威なのかは分かりようもない。だが……その身から溢れる暖かなものが、その存在の善性を証明しているようにも感じられた。

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