潜
あの後、近くの草むらに身を潜めた僕達二人は、村長と村人の動向を伺っていた。
まさか、本当に村長らが何かを企てていたとは。恐らくだが、ろくでもない事に巻き込まれる予感しかない。
寺の中から、炎がゆらゆらと列をなして出てくる。その炎に照らされ、何かを担ぐ人影が見えた。肩に担いでいるのは恐らく、深く寝入ってしまった他の皆だろう。
その光景を見て、不意に脳裏に過るのは、『怪しげな儀式』と『生贄』という嫌な響きしかしないワードだった。
助けに行きたいのはやまやまだが、見える限りでは十数人は下らない。圧倒的に分が悪い。
どうすべきかと思案していると、隣から声がする。当然ながら、Sのものだ。
「……はぁ。まさかこんな事になっちゃうとは。もうちょい、マシなやつだと思ってたんだけど」
どういう事だろう。僕は首を傾げる。
「まぁ、なんというか。職業病、っていうのかな。ボクってさ、こういう事に関してはすっごい勘が働くんだよねぇ。流石に何が起こるかまでは分かんないけど」
――職業病?
僕が知る限り、彼女がバイトをしてるなんて話は、聞いた事が無かった。
どこかでそんな話をしただろうかと思い出そうとする僕を他所に、SはSで、むむむ、と眉間に皺を寄せ考え込んでいた。
「まぁ、色々あるんだよ、色々とね。正直信じてもらえないかも……っと、ほら。行くよ」
彼女は話の途中で自ら腰を折ると、僕の腕を掴み、寺の陰に消えていく炎の軌跡を追いかけだす。
僕を掴むその手は、普段からは考えられない程に力強かったように思える。
そうして彼女に連れられて、村長達が向かって行った寺の陰に向かうと、そこには村長達の影も形も無かった。足音も、僕達が砂利を踏みしめる音しか聞こえない。
まさか、寺の中に戻った訳でもあるまい。そう思い、せめて暗がりをどうにかしようと思い懐に手を伸ばすが、そこで気づく。今の自分達は、寝巻のままだった。当然、スマホなんかの手荷物も、自分達の服と一緒である。
取りに戻ろうかとも考えたが、もし村人達が僕達の荷物を処分していたら? あるいは、取りに戻っている間に何かが起きてしまったら?
そう考えると、一々戻るわけにもいかない。だが、丁度月明かりも射さない場所で、灯りとなるものもないのにどう探したものか。
「……あの蔵、だね」
唐突なSの言葉に、僕は首を傾げる。
先に見えるのは、辛うじて屋根の部分が月の光に照らされた瓦の屋根が見える小さな建物。
何故分かったのかと訊くと、「足跡が見えたから」との事だった。成る程、ここは砂利ばかりだから、村長達が歩くと砂利が足の形に凹む。それが見えたのだろう。試しに屈んで手探りで砂利を触っていると、まるで足の形のように凹んだ箇所があるのが分かった。彼女はとんでもなく夜目が効くらしい。
彼女の言葉に従い、恐る恐る蔵に近づき、木製の扉に耳を当てる。中からは、何も聞こえてこない。
扉を押してみると、鍵は掛かっていないらしく、ギィ、という軋む音と共に扉が動いた。
中を覗くと、意外にも蝋燭が数本灯されており、最低限の視界は確保されているようだった。
当然だが、誰もいない。
それでも何か手掛かりはないかと、僕達は蔵の中を探す事にした。
どれ程経っただろうか。灯りがあると言っても、蝋燭に灯されたほんの小さな火の光だ。座り込んで注意深く探そうとすると、どうしても自分の身体で影が出来て見づらくなってしまう。幸いだったのは、驚く事にこの蔵は――多少の雑さは見られるが――清掃されているらしく、埃がそんなに舞っていない事だった。
蝋燭を持って探す、という方法も考えはしたが、蝋燭が立てられている燭台は取り外せるようなものではなく、蝋燭だけを外して持って歩くとしても、手に蝋が垂れてしまうを恐れ、結果何も持たずに探す事となった。
そんな風に手探りで探していると、急に何時間も経っているような気がしてくるが、もしかするとそんなに経っていないのかもしれない。とにかく、時間の感覚が狂っていっているのは間違いない。
箱を動かしたり、あるいは手掛かりがないかと箱の中を漁ったりはするが、めぼしいものは見つからない。
だが、そういう手掛かりは、唐突に見つかるものでもある。
何故かその場からまるで動かない箱があったのだ。
大きさも中々で、頑張れば人一人は平気で詰められそうな大きさだから、中に入っている物の重みで動かせないのだろうと最初は思った。
開けようとしたが、何故か蓋が開かない。
見たところ、鍵やそれらしいものは見当たらない。何かあるのは間違いないだろう。だが、開けられないのであればどうしようもない。
何かないかと根気よく、箱をあちこち触ってみる。
そうして、蓋の角の辺りを触っていた時だ。何かが爪に引っかかる感覚があったのだ。
箱は木製ではあるが木目のようなものはなく、表面は漆塗りか何かなのか、つるつるしている。引っ掛かるところなど何もないように見えた。
だが、よくよく目を凝らすと、蓋の角の近くに細い溝が見える。恐らく、先程爪に引っ掛かったのはこれだろう。
もしかすると何かあるのかもと思い見てみると、その溝は途中で手前側に直角に伸び、更に箱の横にも溝が向かい、同じように長方形になるように伸びている。
試しに、その溝のある角の部分を触ってみると、その部分だけが手前にずらせるようになっていた。限界まで伸ばしてみるが、箱そのものには何も変わった様子は見られない。
「……ん? 今何か、カチッて音、しなかった?」
Sが僕にそう言ってくる。しかし、僕には何も聞こえなかった。もう少し詳しく聞いてみると、何か歯車が噛み合うような、そんな微かな音がしたのだという。どうも彼女は耳もいいらしい。
中に何か仕掛けがあるのだろう。だが、それは今動かした部分だけでは意味がないのだ。
もしかしてと思い、今動かしたのとは逆側も見てみる。予想通り、そこにも同じように細い溝があった。仕掛けもまた同様で、手前に引っ張る事が出来る。そうして引っ張り出してから、試行錯誤の一環で上に持ち上げてみたところ、箱の蓋が持ち上がった。
中を覗いてみると、そこには当然物が仕舞ってある――という事はなく、笑える程に何も見えない闇が広がっているではないか。それこそ、どれぐらい深いのかさっぱり分からない程に。
手前側には梯子が設けてあり、ここから降りていけるようだが、正直中を見ているだけで魂が持っていかれそうな、そんな恐怖に近い感覚に襲われてしまい、中々勇気が湧いてこない。深淵を見つめる時、深淵もまたお前を見つめ返しているという言葉があるが、それを今、自分の身で体験しているようで。
それに、灯りがない事にはどうしようもない。
身近な灯りであるスマホを取りに戻るべきかを思案して――実際のところは恐怖で足踏みして――いると、後ろから何かをへし折るような乾いた音が聞こえてきた。
慌てて振り向けば、Sが木箱の一つから木片を毟り取っていた。素手で。
もしかしなくても、その木片に火をつけて松明代わりにするのだろう。
「うん、他には何も無さそうだし、ここ降りてくしかなさげだねぇ」
どうも、降りる事への躊躇いは一切ないらしい。声色にも恐怖の感情はまるで見えず、いつもの自然体そのものだ。
その逞しい姿に憧れの念を抱くと同時に、心に羞恥心の影がちらつくのが自分でもわかってしまう。
「……おっと。その前に少し頼みたい事があるんだけど」
早速降りるのかと思っていた僕に、彼女はその木片の折れた切っ先を僕に向け――
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