覚
生温い風が頬を撫で、鼻腔をくすぐる。料理は美味しかったが、どうにもこの空気だけは、好きになれそうにない。
そんな悪感情を覚えながら目を開けるが、辺りはほとんど真っ暗で。
「……ん? ああ、ごめんよ。起こしたかな」
ふと目を向ければ障子が開いていて、Sが月明かりの下、庭に面した軒先に立っていた。
着物めいた寝巻が良く似合っており、出るところは出ているそのスタイルの良さをまざまざと見せつけられ、一瞬呼吸をする事すら忘れてしまう。
「ね。君はさ、あの話、どう思う?」
不意にそう話題を吹っ掛けられ、我に返った僕は、何の事か、と訊く。
「アレだよ、アレ。蓮頭様がどうこうって」
そう言われ、ようやく思い出す。村長が夕食の最中に話していた事を。
民話では、僧侶が悟りに至った後、蓮頭様は何処かに消え去ったとある。
しかし、民話として語られていない部分があり、真理に至ろうという真心を持つ者ならば、彼は再びその姿を現すのだそうな。
その話を信じるかどうか、という事だろうか。
「それもある。……でも、それ以上に気になる事があってね。つまり、蓮頭様そのものが、信用できる存在なのかって事さ」
――それって、どういう……。
「蓮頭様によって悟りを開いたって話が、どうにも引っかかってね。杞憂ならいいんだけど」
そうして、普段からは考えられない程に真剣に考えこむ彼女の口ぶりは、最早蓮頭様を信じるかどうかではなく、実在している前提で語られているようで。
そこで僕は、彼女が夕食時に何も食べていなかった事を思い出す。
食欲が無かった……ようには見えなかった。あの時、部屋越しに村長に対して向けられていた冷たい目には、きっと訳があった筈だ。
人里離れた、廃れた村。不気味な村長兼僧侶。蓮頭様なる不可解な存在。こうして並べてみると、まるでホラーゲームにありがちな――
そこまで考えて、頭の中で妙に鮮明なイメージがチラつく。全身が緑色に煌く、僧侶の如き人影のイメージが。
――もしかして村長さんが何か企んでる、なんてそんな……。
ふと思い至り口にしたその発想を、すぐに自分で払拭する。
そんなゲームみたいな事が、現実にあり得るのか。
「――ああ。なるほど。そういう事だったのか」
不意に聞こえてきた声に、僕はビクリと肩を震わせた。そして、声の主たるSの方を向くと、ある方向へと鋭い視線を向けていた。
その視線を追うと、明るい火の光が複数、ゆらゆらと闇夜を蠢いているではないか。
「とりあえず、この場は逃げた方が良さそうだ。さ、君も早く」
そう言うなり、Sは唐突に僕の手を掴み、引っ張って行こうとしだす。
あまりにも突然で何が何だか分からない僕は、彼女に「皆は起こさなくていいのか」と尋ねた。
「……多分だけど、皆起きないと思う」
――起きない、だって?
どういう事かと問いかける前に、僕は無理矢理、彼女に連れていかれた。
******
「……これで全部だか?」
「いぃや……誰かおらんぞ」
「男と
「なんぞ、『雫』仕込むん忘れとったんですけ?」
「そういや女子の方、食っとらんかったな……しかし、おらん男ん方は確かに食った筈じゃが……」
「どうすっぺがや!? 折角『贄』が集まったっつうのに!」
「……まぁ、そう慌てるこったねぇ。『贄』に関しちゃ、多けりゃ多い程いいっちゅうだけの話じゃ。こんだけおりゃ、満足してもらえるじゃろうて」
「しかし、蓮頭様が満足なさらんかったらまじぃぞ」
「うむぅ……そう言われると参るのう……仕方ねぇ。お
「おう。車ぁどうすっぺ」
「見張りだけつけとけ。ほれ、後の奴ぁ、『儀式』ん手伝いじゃ。今夜、お招きして宴じゃ」
「蓮頭様お呼びして、悟りさ開くんじゃ……いあ、いあ、はすとぅ……」
いあ いあ はすとぅ……
いあ いあ はすとぅ……
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