結局、院長室に加え、様々な場所を探したが、あの病院には何も無かったという。

 それらしい痕跡は何一つ見つからず、結果、「この病院の噂はデマである」という結論に落ち着き、一行は再びバスで移動を始めた。

 僕はと言えば……そんな事よりも、昨晩のSとの会話で頭が一杯だった。

 皆が帰ってくる直前の発言も気になるが、それ以上に彼女と有意義な会話が出来たというのが、何より嬉しかったのだ。

 しかし、変に舞い上がってるのを悟られまいと、僕はただ何も喋らず、気分が悪そうに体を縮こませていた。


 その日はそれで終わり、市街地にある小さなホテルで一泊する事となった。

 その夜、僕が考えていたのは、「明日はもっと話せるかな」という、あまりにも若々しく青い妄想だったと記憶している。


 次の日、僕達が向かう予定の場所は、隣の県にあるという遊園地。

 なんでもその遊園地には、巷で呪われていると噂されるアトラクションがあるらしい。そのアトラクションで起きた不幸な事故が切っ掛けで、遊園地はどんどん廃れていき、今は自然公園というていで辛うじて残っているのだそうだ。


 しかし、その道中で問題が起きた。


「……キョージュ、やっぱ道間違えてんじゃね?」

「もぉやだー、何この道ボコボコ過ぎ!」

「そう言ってもなぁ……」

「だからあの時左に曲がった方が……」

「え、なにこれ。どうなんの?」

「……トイレとか、なさそうだよなぁ、どう見ても……」


 それは、夕方頃の事。どこで道を外れたのだろうか。僕達を乗せたマイクロバスは、どことも知れない山道を走っていた。

 見るからに舗装されていないどころか、明らかに誰も通っていないのが分かる程に自然の残る道だ。

 それでも辛うじて通れるのは、かつてこの辺りを誰かが通っていたからだろうか。

 時折、標識のようなポールが立っている辺り、その推測は間違ってなかったのだと思う。

 静寂な森の中を、ひと昔前のエンジンを積んだバスがけたたましいエンジン音を鳴らしながら突き進む。そのバスの中では阿鼻叫喚の渦が巻き起こり――


「やー、大変な事になったねぇ」


 ――そしてSは、相変わらずだった。


 僕はと言えば、騒いでも無駄だと悟りだんまりを決め込んでいた……と、言うのは建前であり、実際のところ不安に不安が折り重なり、心臓の脈打ちが激しくなっていくのをなんとか止めようと必死になっていた。

 己に「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせるように呟くその小心者の姿たるや、傍から見ればさぞや男らしく無く、滑稽に映ったであろう。もっとも、僕自身はどう見られようと正直どうでもいいのだが。





「とにかく、どっか車を止められる場所、探さないとなぁ……参ったね、こりゃ。車傷つくと色々言われんのにぃ……」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょう教授」


「ねー、お腹空いたんだけど、誰かなんか買ってないの?」

「ねーよなんも……っるっせぇなぁ……」

「はぁ!? なんで切れられんの!? おかしくない!?」

「あ、あのぉ、喧嘩は……」

「うっさい! 大体、アンタがこんなのに誘うから――」


 そんな風な会話を、どれ程繰り返しただろうか。


「……あれ、なんか明かり見えません?」

「え? ……うわマジじゃん。マジじゃん!」

「え、マジマジマジ!?」


 道に迷いだしてから二時間が経った辺りで、前方に薄ぼんやりと、オレンジ色の光が見えた。

 しばらく進んでみると、それが木で作られた、やや古ぼけた小屋の中から零れているというのが分かった。

 『誰か住んでいるかもしれない』。その希望的観測が、暗く沈んでいた車内を歓喜と共に湧かせた。


 当然、僕の中にも安心感にも似た暖かな感情が湧いてきたが……ふとSの方をチラリと見た時、その感情は失せた。


 普段から柔らかな雰囲気を絶やさない彼女が、その時は心底冷え切った視線で小屋を見ていた。

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