考
「そっか。じゃあ悪いことしちゃったねぇ」
一足先にバスに戻る道中で、僕はSに、自分はこういう雰囲気が心底苦手なのを白状した。
それを聞いた彼女は、ごめんね、と申し訳なさそうに手を立て、頭を下げる。
しかし、彼女は悪くない。断ろうと思えば断れたのに、僕が断らなかった。それだけの話なのだ。
しかし……これはこれで僥倖、というやつではないのか?
今、周りには誰もいない。今こそ、これまで訊けなかった彼女についての話を聞くチャンスなのではないか?
ふとそう思った僕は、しばしの苦しい沈黙をなんとか破り、彼女に話しかけた。
といっても、急に踏み込んだ話題はよろしくないだろう。そう思い、彼女に「どうしてこんな場所で平然としていられるのか」と訊いてみる。
「ん? ……まぁ、うん。慣れだよ慣れ。ほら、宇宙だって昼間は明るく見えるけど、実際のところは真っ暗だし。そうやって考えると、夜だってそう変わらないじゃない?」
……正直、よく分からないとしか言いようのない回答だ。
理屈は分からなくもないが、それでどうにかなるものなのだろうか、普通。
堂々と言い切ったSだったが、知らず知らずの内に僕が怪訝そうな顔をしていたのに気づいたのか、首を傾げる。
「あれっ、伝わんない? んー、難しいなぁ。こればっかりは感覚みたいなものだしなぁ……」
どう答えたものか。分かりやすくそう考えているような、考え込む姿勢を見せるS。そんな彼女を見ていると、何故か口角が吊り上がってしまう。自分でも分からないが、微笑ましいと思ったのかもしれない。
「む、今笑うところだったかい?」
そう口を尖らせて言う彼女に、今度は僕が謝る事となった。
そこから、色んな話をしたと思う。思えば、大学に入ってからプライベートな事まで話したのは、これが初めてだったかもしれない。
『へぇ。実家から通ってるんだ。……そんなに遠いの? 一人暮らしとかは? ……あー、生活力かぁ。無いと困るってよく聞くしねぇ』
『ホラーやオカルトの類が好きかって言われると、別にそうでもないというか……あ、でもホラー映画の、ドッキリ演出って言うのかな。あれ、面白いよねぇ。人間がどうしたら恐怖を感じるのか分かってやってるっていうか』
『コズミックホラー? へぇ、そういうのもあるんだ。……宇宙から来た邪神? ……ふぅん』
途中、何やら妙な空気になった事もあったが、すぐに元に戻った。
そんな風に会話をしていると、「そういえばさ」と、唐突に彼女が話を振ってくる。
「……君って、幽霊とか超常的存在とか、そういうのって信じるタイプ?」
まぁ、特別変な話題でもない。こと、このオカルトサークルにおいては。
だから、特に何かしら思うでもなく、自分自身が思う事を素直に話した。
世の中には色んな人間がいて、考えも多種多様だ。だから、「一般的には」なんて大きな主語で語るつもりはない。……だが、多くの人々は、そうしたものを『非現実的なもの』とか『非科学的なもの』として捉えるだろうと、僕は考えている。
だが、僕から言わせてもらえば、そんな事を言う人間こそが現実逃避をしているように思えてならないのだ。と、言うより。人間というものは非常に都合のいい物の考え方をする生き物なのだと、思う。
多くの人々は、時期がくれば先祖の墓参りに赴くし、神社に赴いて神に祈りを捧げ、お守りを買う。時には占いにも頼る。そんな人々が、こと幽霊やUFOなどに関しては非現実的だの非科学的だのと、存在を否定しようとする。なんともおかしな話ではないか。
一体、彼らの言う現実とは何なのか。科学とは何なのか。何をもって、あり得ないと主張するのだろうか。
もしも……彼らの視点で『あり得ない存在』が目の前に現れたとしても、彼らはまだそう言うのだろうか。
そう考えると、「そんなものは存在しない」と馬鹿みたいに安易に断じるぐらいなら、「いるかもしれない。いや、いる」と、それぐらいの心構えでいる方がいいと、僕はそう考えている。
僕にとっての現実とは、空想となんら変わりない。決まった形を持たず、如何様にも変容しうる、言わば混沌そのものなのだ。
そこまで話し、僕は自分が夢中になって話をしていたのにようやく気付いた。
もっと短く纏めるつもりだったのに、これではなんというか、偉そうではないか。
そう思い至った瞬間、なんだか自分が凄く恥ずかしい事をしたような気分になり、恐る恐るSの様子を伺った。
「……ふうむ。現実が混沌。言い得て妙だねぇ」
彼女は、まるで僕の言葉を吟味するかのように頷いた。
「確かに。実際のところ何をもって現実とするかは、厳密に言えば断定できない。厳しい現実を見続けたからそれこそが現実だって言う人もいるけど、反対に自分の理想通りに進んだ人のそれも現実だからね。……だから、その言葉は正しいようで、少し違う」
――違う、とは?
不思議に思い、そう問いかける。
「より正確に言えば、この世界には知性ある者が作った秩序があるからね。しかし、混沌が存在するのもまた事実さ」
――両方が混在するのがこの世界だと?
「そうさ。片方だけしかないっていうのは、それこそこの世が崩壊してもおかしくない状況なんだよ。何事もバランスが重要ってね」
――つまり、調和って事か。
僕の回答に、Sは笑顔で首肯した。「あ、勿論これは、単にボクの考えってだけだからね」と、妙に慌てた様子で弁解しながら。
「……まぁ、うん。君がどう考えてるのかは分かったよ。その上で聞いてみたいんだけれど」
そう前置きすると、彼女は一つ咳払いし、僕に向き直った。
「――もしも、今君と話をしているボクが人間じゃなかったら、どうする?」
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