第23話 店主と料理と美味しい酒

「………まぁ、お嬢ちゃん。頑張りな」

「はい………」

「?」


 メニューを決める際に、店主はぽん、と千鶴さんの肩を叩きながら悲しげな雰囲気を纏う。

 こんな店で、しんみりとした雰囲気はあっという間に広まってしまい、店の中の木材もどことなく悲しげに見えてくる。


「どうかしましたか?」

「なんでもありません」

「そうですか」

「おいおい、命都よぉ。お前もう少し、人の気持ちを知ろうぜ?」

「知っているはずですけど………」

「いや、知っていないね」

「そうですか………」


 店主にそう言われると、俺は全くと言っていいほど自覚が無い。

 しんみりとした雰囲気が数分経つと、千鶴さんは「これにします」と言いながらメニューを見せながら注文を始める。

 さすがにどんよりとした雰囲気は、暑苦しいほどの活気がある店主の顔を引かせるもので、すぐに近くに置いてあった熱燗を取り出す。


「ほいよ。あんまり、飲みすぎるなよ」

「はいぃ」

「………」


 渋いの飲むなぁ、この人………。

 千鶴さんは失恋した女性の様に、渡された酒瓶を取ると、猪口にとくとくと酒を注ぎ始める。

 見ているだけで、同情の気持ちが湧くが、一体、何にそんなにしんみりしているの分からない。


「で、そうするんだい?」

「どうするって?」

「注文だよ。あちらのお嬢ちゃんは頼んだんだ。次はお前だろ」

「あぁ………いつもので」

「……あぁ、分かった」



 いつもの、そう頼むだけで店主は俺が一体何を欲している理解する。

 それだけでこの店に入り浸っているというわけだ。

 店のカウンターから見える、厨房の様子に千鶴さんは半ば目を輝かせながらも、まるで借りてきた猫の様に大人しくきっちりと椅子の上に三本指を立てる。


「珍しいかい?」

「あ、いや! そうでは無くて!」

「あっそ、なら静かに待っているのがおすすめだよ」

「そ、そうですか」


 あはは、面白い。

 久しぶりにこんな愛玩動物みたいな女性を目に見るとは思わなかった。

 最近、俺の周りにいる女性は愛玩動物と言うよりは鋭い牙や爪を持っている猛獣らの為に余計に手を出してしまうと、怪我をしてしまう。


「ほい、お待たせ!」

「おぉ!」


 すると、俺たちの前に山の料理が置かれる。

 いつもより多くないか? いつもなら、酒に合うほんの少しの量と言うのに……今回はさすがに多い。


「どうしたのよ、これ。さすがに量多くない? 何、不景気?」

「あ? そりゃ、お前さんがこんな別嬪の女性を連れて来たからそのお祝いだよ!」

「なんだ、不景気じゃないのか。客入ってないからってこんな量の料理を出すのかと思った」

「………」

「急に無口になるなや!」


 急に無口になって真顔になる店主に俺は慌てた様子で机を叩く。

 まさか、本当に客来てないの!? あんなに協力したのに!?

 SNSの使い方とか学生のときに教えたというのに、客がほとんどあの時から変わっていないのかよ!?


「ちょ、急に机を叩かないでください! 料理が崩れ落ちちゃいます!」

「あ、すみません」

「やーい、怒られてやんの」


 お前のせいや。

 心の中では眉間に皺を寄せながら、中指を出していたが、今ここに居るのは第三者がいる。そんな事をはできない。ましてや女性。できるわけが無い。


 そんな気持ちを察していない千鶴さんは目の前に置かれている料理に箸を伸ばし、口に入れる。

 にこにこと子供の様に店主の料理に美味しく食べながらも、酒を飲む。

 暴飲暴食、とまで行かないが、鯨飲馬食げいいんばしょくと言う言葉がとても似あう。


「にしてもおいしいですね!」

「あぁ、そうだろ! 最高だろ!」

「だが何故か客が来ない。残念なお店だよね」

「うるせぇ!」

「がっ」


 美味しく料理を頬張っている千鶴さんの隣で俺はその頭に店主の拳骨が落ちる。

 いやぁ、痛い。学生時代も嫌と受けたから既に大丈夫の身なのだが、芯に響くと言う物。


「ほいよ、頼まれていた奴だよ」

「ありがとうございます」


 目の前に置かれた料理に、俺は感謝の言葉を言うと、店主は何も言わず再び料理の準備をし始める。

 さてと、俺は準備されたご飯でも食べましょうかね。

 目の前に置かれた料理は、米を主食とした一般的な日本定食。鯖の味噌煮、みそ汁、ほうれん草の胡麻和え、そして何より秋田産のあきたこまち!


 昔っから俺と店主は米に関して厳しく審査してきたため、どのような時期に食べると美味しく感じるお米があるのかと一緒に研究してきたために、お米には厳しい。

 そして、その米は俺の特注オーダー! 最近のブームはこの秋田産のあきたこまち! 本当に旨い!

 ほっこり、甘い、柔らかい!

 それに店主の適度な温度調整がさらにお米の美味しさと噛み応えを与える。


「旨いっ!」

「おうっ! そうか!」


 そして、きちんと味わったことで俺がそう宣言すると、店主もノリ良く返事をする。

 学生時代からやり取りなのだが、やはり変わらない。


 だが今は学生時代とは違う。

 それは、俺の手元に一つの物がある。

 そうそれは、


『酒』!!


 二十歳を超えてから出会える大人の飲み物であり、聖水。

 小麦で作られたものも私は好きだが、やっぱり、シンプルな酒が良い!

 とはいえ、飲みすぎは宜しくない。痛い目見たくないし、見るのもヤダ。それに未成年はお酒ダメだから、俺はあまり飲まない様にしている。


 未成年では無いよ。

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