第22話 ディナー
「お待たせました。千鶴……さん?」
「あ、大丈夫です! 私も少し残業がありましたから」
「そう、ですか」
司書室から出て、腕に掛けているコートを身に纏いながら俺は図書館の門の前にいる女性教師に話しかける。
確か彼女は千鶴さん、だっただろうか。名前と顔が少し合わないが、あのマセガキ生徒たちの出来事から彼女の名前を思い出してみる。だが意外にも俺の当てずっぽうの回答は当たるもので千鶴さんは俺の問いに案外、軽い感覚で答えてくれる。
「それに、連絡ありがとうございます!」
「あ、いや、大丈夫ですよ。俺も部下に言われてしまい、来ましたから………」
「はい? 何か?」
「いいえ、何でもありません」
最後にぼそっと、俺は不利になりそうな事を言ってしまったが、彼女には聞こえていなかったようで、きょとんとした表情を俺に向けていた。
もし彼女に俺の言った言葉が聞こえていたのならば、確実に何か言われていただろうか。まぁ、何かを言われようとも俺には関係は何のだが。非常で身勝手な考えだとわかっているが、俺にはそのような考えしかない。
「どうかしましたか?」
「あ、なんでもありません」
「そうですか? 何やら深く考えていたように見えますが………」
「大丈夫ですよ。業務に関してですので」
「あ、そうですか」
やっと引いてくれたか、と心の中では安堵の息を吐く。
国家公務員としての仕事は口外しても構わない物ばかりだが、【司書】という職業は秘密にしなきゃいけない内容が山という程ある。警察や大きな役所の職員と同じく俺たちは口にできない物をたくさん相手しているからこそその口はきつく閉められる。
とはいえ、ここ最近では司書と言うものは表立つこともあり有名な国家公務員というイメージが付けられている。元々、そんなイメージなんてないのに決まっているのに………。
だがそのような事さえも口にはしない。してはならない。
「では話はここら辺で済ませて、もうそろそろ行きましょうか」
「あ、はい。お願いします」
「はい、では勝手ながら俺のオススメにへと案内します」
そう言うと、俺は近くにある古びた飲み屋にへと入る。
「ここが貴方のオススメの場所の……」
「えぇ、この古い木の匂いが少し好きでしてね………いやぁ、もうちょっといい飲み屋とか、バーとかレストランとか案内したいのはやまやまなんですけど………やっぱ、ここが好きでして」
「そうなんですかぁ」
店の扉を開くと、鼻腔の中には古い木の匂いと懐かしい線香の匂いが辺り一面に充満する。
店の中は木、木、木。
天井から床まで全てが木で出来た、木造建築の山ともいえる店であり、日本人の遺伝子に強烈に与えてくる。
「おやっさん、空いてる? 空いてるよね?」
「おん? こりゃあ、命都の坊主じゃねぇか! なんだなんだ、今日はコンビニ弁当じゃねぇのか!」
「違いますよ。俺だって好きでコンビニ行っているわけじゃないから。それに、今日は客人がいるからここで飯食うだけ」
「ふぅん、そうか」
店内に入り客が一人もいない店で、厳つい男の店主は活気のある声で俺たちに向かって話しかけてくる。
研修生時代からちょくちょく通っている飲み屋で、初めて酒を飲んだのもここだ。
どこか懐かしさを思い出させるこの風景に安堵の息を吐きながら、俺は店の中にへとある。それに付いて行くように、千鶴さんも店内に歩く。
「では、お邪魔します」
「ぶーっ!!」
「きゃ!!」
「!!? なんだよ、急に噴くんじゃないよ。気持ち悪いなぁ」
すると、急に店主が吹き出し始める。
こちらにかからなかったと言え、気持ちが悪い。
これから食事をするというのに、食事をする人が噴くとはどういうことなのだ。
「お、おま、おままま」
「おまま? 飯の事? 頼むから安心しなって」
「違う違う!」
「じゃあなんだよ」
口を拭いた店主が俺のことを見ながら、声をかけてくるが、その言葉はどう見てもバクっているもので、きちんと言葉を発しているようには見えなかった。
できることなら人外語では無く、きちんとした人後を話してほしい。
「って、御客人ってのは女性の方かい!?」
「えぇ、駄目ですか?」
その口ぶりは俺が女性連れが駄目みたいじゃないか。
俺だって女性の一人や二人ぐらいの知り合いはいる。碌な人間ではないが………。
「おいおい、女性を連れるんなら、こんな所じゃなくてここら辺の良い飯屋に連れて行けよ」
「俺的にはここが良い飯屋なんですよ」
「っけ! そんなこと言いやがって! お嬢ちゃん、本当にごめんなこういう奴だから」
なんだ、この爺。
店主がそう言いながら、千鶴さんに頭を下げるが、俺は気にせずいつものカウンター席に座る。
「おいおい、こういう日にはテーブルでもいいじゃねぇかよ」
「いやいや、テーブルじゃなくてもいいじゃないですか。それにここ繁盛しているか分からないんですから、カウンターの一つや二つ良いじゃないですか」
「お? 喧嘩売ってんのか?」
「売ってません。今から買うんです」
「おうおう! そう言うのならさっさと席に着きな!」
「だからカウンターでいいでしょ別に」
はぁ、と溜息を吐きながら俺は立てられているメニューを見る。
そんなことをしている隣で静かに千鶴さんは、静かに椅子を引くと座りだす。
「何にします?」
「わっ」
俺はそう言いながらメニューを差し出すと、千鶴さんは少しだけ驚いたような表情をしながら俺のことを見てくる。
「どうかしましたか?」
「い、いえ、少しだけ………ごにょごにょ」
「ん?」
一体、何を言っているのだろうか?
千鶴さんは徐々に声を小さくしているので、最初の部分は聞き取れたのだが後半にかけてまでがどうしても聞こえなかった。
けれども、そんなことを思いながら彼女は俺が渡したメニューを手に取ると、メニューの中を覗き込む。
「………」
「あ、あの………」
「なんですか?」
するとメニューを決めている千鶴さんを待っていると、決めている張本人に話しかけられる。
一体、何かと思いながら俺は彼女の方にへと向くと、そこにへちらちらと俺の方を見ている俺のことを見ている千鶴さんの姿があった。
「先に頼んでしまっても宜しいんですよ?」
「あー、いや、いいです。千鶴さんがお決めになってから頼みます」
「え?」
「む、優しいじゃねぇか」
「そう?」
「あぁ、きちんと彼女さんを待つのは良いぜ」
「ぴ! あ、あの! そういう関係では!」
「そうそう、彼女じゃないから。職務上の関係」
「あ、そうですね………」
「?」
「お前………」
俺は真実を言っただけなのに、なぜか隣で千鶴さんは凹んでいる。
その様子を見ていた店主もなぜか残念そうな瞳で俺のことを見てくる。
何か俺はやってしまったのだろうか。
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