仲間という本当の意味

「『栄華!』」


「はははははっ! 引っかかったなこの阿呆が!」


 俺の腕からは、止めどなく鮮血が溢れ出す。流れ出た血が、俺の服を赤く染めた。


 今まで感じたことのない痛みだ。何だこれは。奴の銃は水鉄砲ではないのか? まさか奴め、本物の銃を持ち出したというんじゃないだろうな。


 ともかく、まずは止血だ。


 俺は腕を高く上げ、もう一方の手で腕を押さえて血を止める。


 なんてことだ。まただ。俺が相手の力を過信したばかりに、返り討ちにあった。このままでは、俺の仲間が殺されてしまう。それだけは、なんとしても避けなければ。


「エレナ、アクノ! 一旦退けっ! 態勢を立て直す」


 仲間に一時撤退の合図をする。俺だってこの試合には勝ちたい。たが、もう勝負云々と言っている場合ではなくなってしまった。


 奴の銃はもはや玩具おもちゃではない。凶器だ。人間を殺傷する危険性を秘めている。命には何にも代えられない。


「おやおや、逃げる気か? 俺がちょっと本気を見せただけで、すぐこれだ。情けないなぁ」


「くっ……」


「それにしても、この銃はすごい威力だ。コアに作らせておいてよかった。こんな武器、頭の狂った奴しか思いつかないぜ。中に入っている水を銃に取り付けたエネルギー物資で急速冷凍し、氷の弾丸として撃ちだすなんてなぁ」


 イカれてる。邪魔をするものを消すために、あんな凶悪な武器まであの子に造らせるなんて。許せない。さっきは逃げると言ったが、前言撤回だ。


『アクノ、エレナを連れて逃げろ』


『……まさかお前、一人でやるつもりなのか?』


『どうして?! 私がお荷物だったから? 最後まで一緒に戦おう?!」


「違う。お前達は、最後までよくやってくれた。こうなったのは、全部俺の作戦ミスだ。落とし前は自分でつける。それに、無策な訳じゃない。ちゃんと勝つプランも考えてあるさ」


「……分かった。だが、もし自分が生命の危機と判断したら、真っ先に俺達を呼べ。分かったな」


 アクノは泣き叫ぶエレナを強引に連れて、森を出て行く。そうだ。それでいい。今は負けてもいい。生きていればいつか必ず、いいことが降ってくる。


 なぁに、心配するな。FPSゲームランキングでトップを取った男だぞ。さくっと勝利して、管理者権限という名のプレゼントをエレナに渡しに行きますか。


 さてと……。俺は目標に向き直り、銃を構える。さあ、ラストゲームといこうじゃないか。


「ふん。可哀想な奴だな。仲間に見捨てられるなんて。」


「見捨てられた? 違うな。一人でも十分だから、逃したんだ。こいよ、卑怯者」


「言うじゃないか。まぁいい。お前を殺して、今度からは水鉄砲などというやわな勝負じゃなく、この武器を使った試合にしたいところだ。緊張感があって、最高だろう?」


「てめぇ……」


 この森の中で、攻撃を受けずに、奴を倒す方法。奴は今、強力な武器を手に入れたことで気が緩んでいるはずだ。そこが狙い目。


 木々に身を隠しながら攻撃を躱し、一瞬の隙をついて一気に近づき射撃する。正直、撃たれる危険性が高い。以前の俺ならば、こんな無謀な作戦は立てなかっただろう。


 だが不思議だ。あいつらのことを思っていると、何故だかなんでもできる気がするのだ。


 俺は隙を見て飛び出し、他の木々に移る。


「む? まだ何か策があるのか? 面白い!」


 彼は、俺に向かって銃を向けてきた。金属が擦れるような駆動音が聞こえ、高速で冷やされた水が氷の弾丸となって発射される。


 尖った氷は俺の元に向かって一直線。だが弾丸は当たらず、奥の木を貫通した。


 とんでもない威力だ。あれが出回ったら大変なことになる。そういう意味でも、彼だけは、絶対に倒さなければならない。


「くそっ! うろちょろしやがって! こんな時にアクノがいれば……あの裏切り者!」


 サイガは立て続けに銃を発砲するが、その弾が命中することはなかった。

 俺は木々を跳び回り、彼を翻弄する。いいぞ。目標を見失っている。このまま焦らせれば、次の一手が有効になる。


 よし、ここいらで……。


「何っ!」


 俺は木の陰で急に立ち止まり、奴を狙った。相手は俺がこのまま逃げ回ると思っていただろう。そんな状況で、唐突に立ち止まったらどうなると思う? 


 当然、混乱して動きが一瞬止まる。その

 隙を利用して、素早く撃つ。相手の思考を読んだ上での策だ。


「くらぇっ! サイガ!」


 俺は彼に銃を向けた。だが。


「……いない……どこだ?」


 サイガの姿が、どこにも見当たらない。先程まで、あれだけ目に入っていたというのにだ。霧の如く俺の視界から消えた。


 まずい。ゲームのときと同じだ。この見通しの悪い森林の中で敵を見失うことがどれだけ危険なことか、俺は知っている。


 落ち着け。奴の銃は撃つときに金属が擦れるような駆動音がする。それを聞けば、位置がわかるはずだ。


 俺は目を瞑り耳をよく澄ませて、音を拾う。さっきは腕に当たったからまだよかった。


 一歩回避が遅れれば、死に繋がる。恐らく奴は、次で完全に息の根を止めようと、頭を狙ってくるだろう。そこを返り討ちにする。


「目を瞑っちゃって。さっきの威勢はどうした?」


「!!」


 後ろの木の陰から、サイガが姿を現した。いたの間に後ろに回り込んだ、こいつ。俺は反応できるわけでもなく、奴の蹴りを腹に受けた。


「ぐあっ……」


 攻撃を受け、その場に崩れ落ちる。何故だ。あの一瞬で、背後に回り込むなんて、人間業じゃない。こいつ、どうやって……。


「すぐ終わっちゃ面白くないからな。たっぷりと、遊ばせて貰うぜ」


 サイガは、ふらふらと立ち上がった俺に、立て続けに拳をぶつける。明らかに素人の動きだが、格闘経験なんて積んでない俺が避けられるわけがない。


 一つ一つの打撃が俺に当たるたびに、命が削り取られて行く感覚に襲われた。


『ごほっ、ごほっ……くそっ」


 俺は倒れ、内臓が出血し口から血を吐き始める。もう限界だ。これ以上ダメージを受けるのはまずい。なんとかして逃げなければ。


「あー無駄だぜ。お前がどこにいこうが、俺のスキル、管理者ディールでどこまでも追いつけるからな。この能力は、本当に便利だぜ。ゲーム内部を弄って、好き放題できる。まぁ、今は観客の目があるから、あまりおおっぴらな使い方はできねぇがな」


 それは元々お前のスキルじゃないだろ。にしても、さっき一瞬で俺の背後に回り込んだのはそういうカラクリだったのか。その能力でチートも使い放題というわけか。


「さてと。遊び過ぎたな。さっさとこいつを殺して、残りの二人も始末するとするか」


「そんなこと……させるか……よ」


「無理だね。何故なら、お前はここで死ぬからだっ!」


 言葉の終わりと共に、銃口から弾が発射される。ああ、目の前に死があるって、こんな感じなんだな。何も考えられない。思考が硬直する。


 あいつらは、ちゃんと逃げられただろうか。俺、結局勝てなかったな。みんな……ごめん。


「栄華ぁー! 最後まで諦めるなっ!」


「!!」


 森林の入り口から現れる、二つの影。一方は穏やか、もう一方はクールな印象をまとっている。


 二人は左右の木々を渡り歩きながら、一人はサイガの注意を引き、もう一人はその隙に俺を抱き抱え、遠くの木に隠れた。


 アクノ……エレナ。逃げろって言ったのに、なんで。俺を盾にして、逃げることもできたはずだ。どうして。


『大丈夫? 何で呼んでくれなかったんですか?』


 俺は言い返そうとしたが、口に血が溢れているため、うまく会話ができない。いや、暖かい体の温もりに包まれて、話す気にならないだけか。


『君より頼もしくないかもしれないけど……もっと私達を頼って下さい。君の作戦の駒じゃなく、仲間として』


 そんな風に思っていたのか。俺は、何も分かっちゃいなかった。


 自分の戦術に囚われて、味方の能力を最大限に発揮していなかった。


 普段あまり自分から意見を発しないエレナが俺に自分の思いを口にするということは、そういうことなのだろう。


「……ごめん」


「謝らなくていいです。あなたがいたから、ここまでこれたのですから。後は、あいつを倒すだけです」


 彼女は、森林の奥にいるサイガを指差した。奴は、アクノに向かってしきりに銃を撃っているが、一向に当たらない。


「どうしたサイガ。腕が鈍ったな」


「くそっ……!」


 アクノは木の上を転々としながら、銃弾を華麗に躱していく。なんて身軽さ。まるでレイとコアみたいだ。あいつ、あんなに動けたっけ?


『あなたにスキルに頼り過ぎと言われてから、密かに練習していたそうです。あなたに負けたのが悔しいのもあるかもしれませんが』


 レイとコアを分断したとき、一人でレイと戦えてたのも、そのお陰か。俺は本当に馬鹿な奴だ。あいつの能力を、みすみす潰してしまっていたなんて。


「下ろしてくれ。もう大丈夫だ」


『本当ですか?』


「ああ、動ける気力は残ってる」


 俺はエレナに頼み、体を起こしてもらう。まだふらついているが、頭に異常はない。大丈夫だ。まだ戦える。


「エレナ、悪いが、俺の銃を支えてくれないか。腕を怪我しちまって、痛くて動かせそうにないんだ」


『……よく言えました。仕方ないですね。手伝ってあげます』


「ありがとう」


 もう細かいことはなしだ。アクノがサイガの相手をしている内に、奴の頭をぶち抜く。至極簡単な戦略だ。だが、今はこれが一番いい気がする。


 俺はエレナに支えられ、木の隙間からサイガを狙った。学習能力のない奴だ。あれじゃスタミナが尽きない限り、攻撃が命中することはないだろう。


『栄華さん、もっと脇を締めて下さい。手ブレが大きくなるので。そうじゃないと、当たるものも当たりませんよ』


「ああ……分かってる」


 彼女の吐息が俺の顔にかかる。本気で集中している証だ。


 凄いな。もうお前に狙撃手としての技術を教えることはない。多分、固定射撃なら俺より上手くなっているだろう。


 俺が教えるまでもなく、どんどん成長を遂げていく。そんな素晴らしい味方が、見えていなかったなんてな。俺は仲間という本当の意味を見失っていたようだ。


「今です! 引き金を引いて下さい!」


「ああ!」


 引き金を引き、水の弾丸が放出された。真っ直ぐ、真っ直ぐと標的へと向かっていく。


「ふっ……残念だったなぁ! 既に俺のスキル、管理者ディールによる探知で位置は分かっている! あとは高速移動で攻撃を躱せば……あれ?」


 スキルを使って回避しようとしたサイガの動きが止まった。どうしたんだ、一体。その答えは、上を見上げれば自ずと理解できた。


「煩い。黙って俺達……いや、今まで奪われてきた奴らの制裁をしっかりとその身で受けるんだな」


夜虎ラグド……貴様ァァァッ!」


 俺達が撃ち込んだ勇気の弾丸は見事、彼の頭部に命中した。



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