最終決戦

「もう一つ……?!」


 彼女は服の内側から小型の水鉄砲を取り出し、俺に向ける。なんて執念だ。これだけ勝ちに執着しているなんて。


「勝負です。私は……絶対に負けません!」


 彼女は真剣な眼差しで少しの笑みを溢しながら、今にも銃弾を撃とうとしている。


 ここまでの至近距離では、もう攻撃を躱している暇はない。早撃ち勝負だ。彼女が引き金を引くより早く、弾丸を当てなければならない。


 だが、俺にそんなことができるだろうか。俺は今まで、何回も失敗してきた。この土壇場での最適解が、相手よりも早く撃つという単純な方法でいいのか?


 他に何か方法があるはずだ。考えろ、確実に勝てる次の一手をっ……。


「…………」


 いや、ごちゃごちゃ考えるのはもうよそう。俺はもう、一人じゃない。信頼できる仲間と、ライバルがいる。


 たとえ俺が負けたとしても、後は仲間がやってくれる。


 背中の安心感があるだけで、俺はいくらでも前に進める。コア、俺とお前の決定的な違いはそういうところだ。


 お前達は確かに強い。だが、その強さの原動力となっているのはサイガへの忠誠心だ。


 誰かに依存しているようでは、本来の強さを発揮できない。


 勝ちたいという強い信念があってこそ、本物の力を出せるものなのだ。そんな奴らに、負けてたまるか。


「うおおおおっ!」


 俺は握っていた銃をコアに向け、引き金を引いた--。






「くそっ、体が……まさかコア、負けたのか?!」


「栄華、やったようだな」


「はぁ、はぁっ、はあ……」


 やった……倒した……。俺は嬉しさと疲れのあまり、地面に腰を下ろす。


 本当にギリギリの戦いだった。


 唯一勝敗を分けたとするならば、銃の射出威力の差だ。この銃はそれだけは優れていた。


 コアの反射が遅れていたこともあって、なんとか勝利を掴むことができたのだ。


 もし彼女が武器を出すのが後一歩早かったら、先に撃たれて負けていた。運も絡んだ勝利だ。


「いい勝負だった。ありがとう」


 俺は転送されそうな彼女に近づき、声をかける。


「……煽りにくるのなら、お断りします。負けてしまっては、なんの意味もないのですから」


「そうか? 少なくとも最後の笑ってる顔のお前は、試合を楽しんでなさそうには見えなかったけど」


「!」


「負けることは恥じゃない。その敗北から学び、強くなっていくんだ。今日負けたのなら、また勝負すればいい。時間はまだある」


「……最後に、名前をお聞きしてもよろしいですか?」


「ああ。俺は斎藤 栄華。またお前達と戦えること、楽しみにしてるぜ」


「斎藤……栄華。覚えました。次は必ず私達が勝ちます。それまで首を洗って待っていて下さい」


 彼女達は青い光に包まれ、消えていった。いい奴らだった。また勝負できるといいな。


「栄華、無事か?」


「ああ、大丈夫だ。後は、ラスボスを倒すだけだな」


『はぁ、はあっ、私を置いて行かないで下さいよおっ』


 俺達が会話をしていると、エレナが建物から走って出てきた。


「エレナ、さっきの射撃は見事だった。練習の甲斐があったな。ありがとう」


『いえいえそんな……それほどでもぉ……』


 エレナは手を顔で隠しながら、メッセージを送った。


 本当、今回は冗談抜きで彼女の射撃に助けられた。あれがなかったら今頃、俺はフィールドの外だったからな。


「さて、もう勝ったも同然だな」


「なんでだ?」


「サイガはレイとコアのような身体能力もなければ、お前のような頭脳もない。今まで仲間の力を借りたり、チートを使って勝っていただけのクソ野郎だ」


 ええ……。

 あれだけ粋がっていたサイガが、そんな小物だったなんて。今あいつが登場したときのことを考えると、笑えてくる。


 確かに、今は奴に仲間は居ないし、大衆の目がある以上、大っぴらにチートを使えない。油断は禁物だが、三人でかかれば、易々と倒せそうだ。


「よし、みんな。次が最終決戦だ。気を引き締めていくぞ!」

 

「……それはわかるんだが、とりあえず、どこから探すんだ?」


 アクノが俺に次の行き先を聞いてくる。そうだな……。奴に戦闘能力があまりないとするのならば、やはりマップ上部にある、森林の中だろう。


 マップを拡大して詳しく見てみると、通常の森と比べ、明らかに木々が生い茂っている。これなら、身を隠すのに最適だからな。


「よし、森の中を探してみよう。この森は隠れるのにうってつけだからな」


「了解!」


 俺達は森林の中へと向かっていった。





 緑豊かな自然。多くの木に囲まれ、その地方一帯を覆っている。


 非常に見通しの悪いこのエリアは、俺がプレイしているFPSゲームのステージを連想させた。


「おい、見つけたぞ!」


「なっ……あいつらまさか、負けたのか? 使えない奴だっ、くそっ!」


 見つけた。やはりこの森林に隠れていたか。サイガは踵を返し、うっそうとした森林の中へ逃げかえっていく。


 なんという情けない姿だ。これだけ戦闘能力がないのなら、簡単に倒せそうだ。


「アクノ、エレナ、奴を追うぞ」


「言われなくても分かってる」


『了解!』


 俺達は三手に分かれ、サイガを追う。戦力を分散させることによって、挟み撃ちを可能にするためだ。


 しかし、逃げ足だけは速い奴だ。もう姿が見えなくなってしまっている。だが、この森林はマップ上部にある。このままいずれ追っていれば、フィールドの壁にぶつかる。


 エレナとアクノには、左右から追い込むように指示を出しておいた。三方向から奴を追い込めるようにな。


「くそっ、なんで行き止まりなんだよ!」


 よし、見つけたぞ。案の定、壁にぶち当たっているな。これで狂天バーグの天下も終わりだ。エレナの力を返してもらうぞ。


 俺は一気に彼に近づき、銃を向ける。


「うわああっ! 助けてくれぇっ! ……なんてな」


「?!」


 彼は銃を取り出し、発砲した。しかし、繰り出された弾丸は、頭には当たらず、俺の右腕に命中する。


 一瞬焦ったが、射撃能力もないようだ。これなら、確実に勝てる。水鉄砲を構え、撃とうとした。


「痛っ!」


 右腕に今まで経験したことのない痛みが走り、俺は銃を下ろしてしまった。追撃を躱すため、俺は近くの木に隠れる。


 痛ぇ。何だ? 何が起こったんだ。奴の弾丸を受けた瞬間、強烈な痛みが走った。くそっ。これが奴のスキルなのか?


 俺は思わず、痛みの元凶である自身の腕を見た。


「……?」


 その瞬間、背筋が凍った。自身の身の危険、死を直感的に感知したからである。


「そんな……嘘だろ……」


 銃弾を受けた腕からは、湯水のように血が流れていた。




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