コアVS栄華

「ま、待ってくれっ!」


 俺は脱落したくないあまり、悲痛な声を上げた。銃を地面に置き、手を両手に上げて戦闘の意思がないことを相手に伝える。


 ここでやられるわけにはいかない。何とかして時間を稼がねば。


「……なんです? 今更命乞いですか? 見苦しいですよ」


 くそっ。何か話す話題を探さないと。何かないか、何か……。


「……お前達はどうしてこんなことをするんだ? このゲームの権限を奪って、何がしたい?」


「そんなことをあなたに教える義務はありません。さっさと死んで下さい。あなたは頭が回るようですからね。一番危険なのですよ」


 コアは、俺の額に銃を強く押しつけた。

 ……恐らく彼女は、俺と同じだ。戦略を駆使して確実に勝利を掴む。石橋を叩いて割るタイプだ。


 戦術を考える知恵も、相手を翻弄する身体能力も十分にある。あの戦いぶりを見る限り、俺より年季も入っている。


 まさに俺の上位互換といってもいいだろう。かつてない強敵だ。


「褒め言葉ありがとう。君もさっきの戦略は凄かったよ。してやられた」


「私を立てる余裕があるんですか? 私はあの裏切り者のように甘くはありません。ここで確実に引き金を引きます。あなたがどれだけ助けを求めようとも」


「……」


 俺が今ここで命乞いをしているのは何も、死にたくないからではない。最終的に試合に勝てるのであれば、喜んで犠牲になる。では、何故こんなことをしているのか。


 ……動きが止まっている。油断しているな。必ず勝てると思っている。


 --この状態なら、当てることができるだろう、エレナ。


 そう、この状況のときのためだ。このときのために、あれだけの練習を積ませたのだ。頼む。あとは君の腕にかかっている。コアの動きが止まっている、今がチャンスだ。


 試合前に、俺が合図をしたら撃つように打ち合わせをしている。俺が手を握ったら、コアの頭を打ち抜くようにな。


 俺が彼女らを追ったときから、彼女らが分断してくることは想定内だ。あれだけ動ける彼女達が、単独で戦えないわけがないからな。


 俺は正面からの戦闘は得意じゃない。隠れて隙を突いての不意打ちが殆どだ。それはコアも分かっているはず。だからこそ、早期に俺を潰しにかかっている。


「まさかここまで強いとは思っていなかったよ。俺の負けだ。さっさと片をつけてくれ」


 そろそろ頃合いだ。俺はエレナに合図を送る。


 こいつは彼女の存在に気づいていない。気にも留めていないだろう。あれだけ練習したんだ。必ず当たる。


 そう思っていたが、次の彼女の一言で俺の気持ちは揺らぐことになった。


「……話の腰を折るようで大変申し訳ないのですけれど」


 コアは清々しいほどまでの狂気に満ちた笑みを浮かべた。今更何をしようというのか。作戦の上では俺が勝っているはずだ。


 だが、その不適な笑顔はそれら全てをかき消すような危険をはらんでいるという意味にもみえて仕方がない。まさかとは思うがこいつ、気づいているのか--?


「はぁ……」


 コアはため息をつき、吐き捨てるように一言発した。そんなはずはない。


 だって、コアがエレナを見たのは最初の奇襲だけのはずだ。それだけで、彼女の正確な位置まで分かるわけがないのだ。


 それに彼女らは、俺達を狙っていた。エレナに気を配る余裕があるはずがない。


「あなたの意味のない時間稼ぎにも飽き飽きしました。狙撃手が待機していることくらい、気づいてないとでも思いましたか?」


「!!」


 気づいていたとは。なんて奴だ。あの奇襲で、エレナの武器を把握し、狙われる可能性を考慮していたというわけか。


 だが、正確な位置まではわからないだろう。なら、この作戦はまだ死んでいない。狙撃手の存在に気付いただけだ。


 ここは建物があまりない。遮蔽物が存在しないから、全方向からの攻撃があり得るということだ。


 だが、問題は奴らのスキル、連撃コンボだ。感覚を共有しているということは、それだけ周りの刺激に敏感になっている。二人の感覚が合わさっているようなものだからな。


 あらゆる方向からの攻撃をいち早く察知できるあのスキルは、狙撃手には相性が悪い。たとえ意識外の攻撃だとしても、すぐに感知できるからだ。


 彼女らの身体能力なら、狙撃銃といえど水鉄砲並の弾丸を回避できることは想像に難くない。このスキルにどう対処するかが、勝負の分かれ目となる。


「今だっ! 撃てっ!」


 俺は上げていた拳を握り、合図を送った。もう相手に作戦があらかた割れているんだ。躊躇している場合ではない。


「せっかく教えてあげたというのに。撃ってくるつもりですか」


 コアに向けられていた銃口から、水の弾が放射された。狙い通りだ。標的に向かって一直線に進んでいる。練習をした甲斐があったな。


「あなたにはまだ何かあると思っていましたが、この程度とは。残念です」


 だが、彼女は待っていたかのように体をずらし、射撃を回避する。弾は命中せず、奥の方に飛んでいった。


「さぁ、これであなたの打つ手はなくなりました。これで詰みです」


「さぁ、それはどうかな?」


「何……?!」


 エレナが狙ったのはお前じゃない。そもそも、あれだけ用心深いコアが、彼女の存在を認知していないはずがないからな。


 必ず俺達の勝ちの目がなくなるまで潰しにくる。元々、攻撃の標的は最初から別にあったんだ。


「レイ、避けてっ!」


 俺達は最初から、コアではなく、レイを狙っていた。警戒心が強い彼女は、こちらの思惑に気づくであろうということは、頭の片隅にはあった。


 本当に俺達の戦略に気づくとは夢にも思わなかったけどな。


 だから、今アクノと戦闘しているレイを狙った。たとえ当たらなくても、隙を作ることはできる。


「はいはーい、了解!」


 レイは後ろを向いたまま、腰を低く落として水を躱した。流石は連撃コンボだ。


 連携をとることで、あらゆる方向からの回避を可能にする。こいつらを二人にしなくてよかったな。


「危っぶねぇなー。危うくやられちまうところだったぜ」


「よかった……。これで、奴らの芽は全て詰んだ。私達の勝」


「おっと。よそ見は禁物だぜ?」


 --ずっと待っていた、この時を。


 そもそも、エレナの狙撃が当たるかどうかは関係なかった。スキル連撃コンボの性質上、味方に危険が生じれば、無意識に注意がいく。


 俺達の狙いは、レイを射撃し、コアがレイの方に注意を向けさせることだ。この作戦で生まれた一瞬の隙を、俺が逃すはずがない。


「お前、銃を二本持っていたのか!」


 銃を置いたのも、単に戦う意思がなかったからじゃない。この作戦のために、相手の油断を誘うという面もあったのだ。


「くそっ--」


 彼女は急いで最初に貰った銃を構え、引き金に手をかけようとする。だがもう遅い。


「痛っ!」


 俺は足を彼女の手に振り下ろし、銃をはたき落とした。悪いな。こちらも相手の勝ちの目は徹底的に潰させてもらう。


「君の負けだ」


 俺はすぐさま銃を抜き、武器を失った相手の顔に向けた。躊躇はしない。引き金を引き、銃口から弾を放とうとする。


 だが、その時だった。


「……私が銃を二つ持っていることはもちろん予想していましたよね?」


 彼女はそう言いながら、俺に二つ目の銃を向けるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る