レイとコアは二人で一人

 空から飛来した彼女達。その姿は、天より強襲する鳥と形容してもいいのかもしれない。


 おおよそ四、五メートルはあるであろう民家の間を軽々と跳躍し今現在、獲物に食いつこうとしているのだ。


 彼女らは、まるで翼が生えたかのような俊敏な動きで、こちらに銃口をゆっくりと向けてくる。


「--逃げろ!」


 指示を出したが、気づくのが遅かった。放たれた水が、既に眼前に迫っている。


 間に合わない。腕で防げるだろうか。どちらにせよ、他に方法はない。


「栄華!」


「早く近くの建物に逃げろ! 全滅するぞ!」


 俺は腕で、急所の頭を守る。頭にさえ水が掛からなければ、大丈夫な筈だ。そこに放たれた水が、腕にばら撒かれる。


 エレナが教えてくれた通りだ。やはり頭に水がかからなければ、倒した扱いにはならない。


 身代わりになった腕も、吹き飛ぶようなことはなく、正常に動くようだ。


 俺は彼女らの奇襲を避け、一歩下がって距離をとる。


「おや、避けられたな。絶対倒せると思ったのに」


「まだです。攻撃は終わってません」


 コアが、強襲で体勢が崩れた俺に、一直線に近づいてくる。まずい、連撃か。狙った獲物は逃がさないって感じだな。


 くそっ。銃を構えるのが間に合わない。どうすればっ……!


「食らぇっ!」


 アクノだ。建物の窓から手をかざし、スキルを発動。彼女らの体を硬直させる。


「このっ、裏切り者が……」


「何とでも言え。俺はお前達を叩きのめせれば、どうだっていいからな」


 俺はその隙に、付近の建物に駆け込んだ。危なかった……。初手から全滅するところだったぜ。それにしても、あの二人の連携は厄介だな。どうにかして対策を講じたいところだ。


「お?! 建物に逃げ込んだな、よーし、攻めるぞぉ!」


「待って下さい。二人で連携を取る私達にとって、狭い建物内は戦い辛いです。それに、先程見えた限りでは、狙撃手もいました。迂闊に攻め込めば、撃ち抜かれかねません」


「じゃあ、どうすんだよ?」


「そうですね……」


 外から二人の会話が耳に入ってくるが、肝心のところが聞こえない。くそっ。バーダーで話し始めたか。まぁ、近くに敵がいることがわかっているんだし、当然か。



『アクノ。さっきは助かった』


『礼はいい。今は目の前の相手に集中しろ』


『わかった。あと、奴らについて何かしら知っていることを教えてくれ。スキルとか』


『ああ。あいつらはよく練習相手になっていたから、よく知っている。奴らのスキル名は連撃コンボ。あらゆる感覚を共有することによって、異次元の連携を可能にする、二人で一つのスキルだ』


『感覚を……共有?』


『視覚や聴覚、果ては今狙われている、といった皮膚感覚までもお互いに感じ取れるんだ。二人でいる間はかなり手こずる相手だろうな。だが、奴らには致命的な弱点が存在する』


『なんだ?』


『言ったろ。あらゆる感覚って。あいつらは二人で一人だ。痛覚も共有されてるから、一人倒せばもう一方も倒れる』


 ゲームに出てくる二人組の敵みたいな設定だな。二人でいる間はさっき目の当たりにしたように無類の強さを誇る。上手いこと二人を引き離して単独にできれば、倒す機会が生まれそうだ。


『エレナ、準備はいいか。練習の成果を発揮する時だ』


『はい、大丈夫です。頑張ります!』


 よし、用意はいいな。あとは彼女らがどう動いてくるかだ。


 あれだけの身体能力がある二人の連携を生かすには、建物に入ってくるのは戦いにくい筈だ。広い場所で戦いたいはず。


 すぐに突撃せず、じわじわと炙り出しにかかってくるだろう。


『栄華、下で足音がする。奴ら、二人で俺を潰す算段だ。援護射撃を頼む』


 まさか建物に入ってくるとは思わなかった。スキルによるキル性能の高いアクノを狙う気か。そうはさせるか。


 俺は二階の窓に張り付いて、奥の建物を見る。距離があるが、アクノから貰った銃なら余裕で届きそうだ。


 さて、どこから来るかだが、建物を跳躍する程の脚力を持っているのなら二階の窓から侵入してくる可能性もあり得なくはない。とりあえず、窓を警戒しよう。


「おらよっ! 見つけたぜっ!」


「逃げ場はありません。終わりです、裏切り者」


 思った通り、レイとコアが、アクノのいる民家の窓を割って左右から入ってきた。俺はいち早く入ってきたレイを射撃する。


「うおっ、まじか!」


 アクノはその隙に、割られた窓から外へ逃げた。


 ……何か嫌な予感がする。窓から入ってきた奴らに銃を向けたとき、俺は何か心の奥底で淀みのようなものを感じたんだ。


 本当にこれでいいのか、何か見落としてないか、間違ってないか……って。


 俺は襲われていたアクノを助けるために援護射撃をした。何も間違ってない。はずなのに。


 二人で一人、その連携広い場所で真価を発揮するはず……。


「……あっ! しまった!」


 その瞬間、俺は気付いてしまった。彼女らの強襲は建物内で仕留めるためじゃない。外に引きずり出す為だということに。


 分かっていた。奴らが、広い場所での戦闘を得意としていることなど。頭にはあったはずなのに、思わず体が反応してしまった。早く助けなければ、という気持ちに支配されてしまっていたのだ。


 完全に思考回路が読まれている。奴ら、俺が必ず助けに入るだろうと分かっていての行動だったのか。随分と頭が回るようだ。


『アクノ、罠だ! お前を外に引きずり出すための』


『ああ、分かってる。だから今、こうして必死に逃げてる。幸い、奴らの銃の射程は短いからな』


『悪い、俺が迂闊に助けたばかりに……俺もすぐ行く』


『援護を頼んだのは俺の方だ。お前は悪くない。早く次のプランを考えろ。お前の得意技スキルは、頭脳で考えることだろう?』


『……ああ、そうだな。了解!』


 俺は外に出て、アクノの元に向かった。

 落ち着け。まだ負けたわけじゃない。考えろ。広い場所で、二人を倒す方法を。


 暫く走っていると、アクノと、それを追っているレイとコアが見えた。


 あの二人から逃げることができるなんて、流石は元、狂天バーグのメンバーだ。分かってはいたが、仲間になると本当に頼もしい。


 俺は二人に向かって、新しい水鉄砲を発射。やっぱり高性能な銃だ。放たれた水は真っ直ぐに彼女らに向かっていく。


「レイ。後ろから攻撃が来る」


「あいよ!」


 だが、二人は俺の攻撃をものともせず、横に回避された。これがスキル、連撃コンボか。あらゆる死角からの攻撃も、感覚を共有することで確実に回避するのか。なかなか強い能力だ。


「……?」


 レイはアクノを追っていたが、コアはあちらには見向きもせず、こちらの方へ真正面から来た。ここにきて単独行動か。助かった。数の利を生かせないこの状況なら、戦力は半減する。


 また何か策があるのか? だが、一人倒れたら負けな以上、どんな作戦があろうともこの大きなデメリットは切っても切り離せない問題だ。


 それに対して、俺達は、どちらかが倒れても戦闘を継続することができる。今はこちらが優位にある。ここが攻め時という奴だ。


「……もしかして、ですけど。私達が一人だと戦えない、なんて思っていませんか?」


「?!」


 次の瞬間、コアは俺の視界から一瞬で消えた。俺が瞬きをしたほんの僅かな間だ。周りを見渡すが、彼女の姿はどこにもない。どこだ……。どこに消えた……?


「こっちですよ」


 俺が振り向くと、背後に彼女は立っていた。


 --銃を俺の顔に突きつけながら。


 いつの間に周りこんだんだ。俺と彼女の間には、十分すぎるほどの距離があったはずだ。あの間を、一瞬で詰めたというのか。まさに異常な脚力だ。


「私達をみくびっていたことがあなたの敗因です。……さようなら」







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