無敵のスキル
「体がっ……」
微塵も動かない。アクノが手をかざした途端、それまで機敏に動いていたはずの体が硬直した。石になったかのように、引き金を引くことはおろか、指一本動かすことができないのである。
何が起こっているんだ。どう考えても体の不調ではない。彼が俺に、金縛りのようなものをかけたのだろうか。
俺が動けない隙に彼は横に身を逸らし、発射された水の弾丸を回避。銃口を俺の顔に向け、不敵な笑みを浮かべた。
「どうした……その程度か?」
まずい。このままでは負けてしまう。何でもいい、動け、俺の体!
「!!」
動け動けと必死に年を送っていたからだろうか。銃を持っていた腕が動いた。
体の硬直が解けている。どうやら効果はほんの一瞬らしい。俺は急いで、その場から離れようとする。
「止めだ」
「くそっ……」
だが、既に引き金が引かれ始めている。もう攻撃を回避している暇はない。俺は咄嗟に奴の水鉄砲を掴み、空へと向けた。
「何っ……!」
銃口から水の弾丸が一度に複数個発射される。細かく散らばった水は遠くに飛び、拡散。広範囲を雨が降った後のように湿らせた。
まるで散弾銃のような水鉄砲だ。この異世界には、様々な種類の水鉄砲があるのだな。
しかしアクノの銃、かなりリーチが長い。攻撃範囲が広いことは、先ほどの一抹で実証済みだ。迂闊には近づけない。
俺はアクノが驚いている隙にその場から離れ、再び瓦礫の陰に身を隠す。とりあえずまた様子見だ。あの謎の力の正体を解明しない限りは、勝てそうにない。
「……まさか逃げるのではなく、向かってくるとはな。面白い。こんな野良は初めてだ。俄然、興味が湧いてきた。次はない。絶対にお前の頭に水を被せてやる」
あのとき、あと少し俺の反応が遅れていたら、確実にやられていた。
FPSゲームのランキングで一位になって以来、ここまで苦戦した相手は初めてだ。
異世界にはこんなに強い奴があと三人もいるのか。恐怖心もあるが、まだ見ぬ強敵を目の前にして、気分が高揚している自分がいる。
それにしても、あいつの不思議な力は何なんだ? 一瞬ではあるが、手をかざした途端、蛇に睨まれたカエルのように動かなくなった。
特殊な能力のようなものなのだろうか。今わかっていることは、一瞬だけ動きを止められるくらいだ。
なんにせよ、あの能力がある以上、再び近づいたところで返り討ちに遭う。対策を講じねばならない。さて、どうするか……。
『大丈夫ですか? 栄華さん』
俺のバーダーに、エレナからメッセージが表示される。
『ああ、何とかな……』
少々、相手の力を見誤っていた。慢心とは恐ろしいものだ。現実世界でのランキング一位に多少ながらも、自惚れていた。
--自分が負けるはずがないのだ、と。
だから、相手が
自分の強さに優越感を覚えてはならない。
ここに来る前にプレイしたFPSゲームで「勝って兜の緒を締めよ」と偉そうに口にしたが、今それがそのままそっくり返ってきている感じだ。耳が痛い。
いいか、ここは異世界だ。こちらの世界の常識が通用するとは限らない。気を引き締めなければ。
『あいつの力について、知っていることはないか? 何でもいい、答えてくれ』
俺がメッセージを送るとすぐさま、返信がくる。
『……この水鉄砲合戦では、試合中、プレイヤーにスキルが発現する場合があります』
『スキルだと?』
『はい。発現したスキルには様々なものがありますが、とりわけ、彼のスキルは最も強力なものとして有名です』
『! そこ、詳しく教えてくれ』
『……スキル名は
さて、どうするかね……。頭を撃たれたら即終了の水鉄砲合戦において、一瞬などというデメリットは無いに等しい。
あのスキルの前では全ての攻撃は無力化され、防御も許されない。攻防一体の、まさに無敵のスキルだ。つけ入る隙がない。
落ち着け、考えろ。今までやってきたことを思い出せ。俺の得意技は、銃の扱いに優れていることでも、人並み外れた身体能力でもない。
考えて、思考を凝らして、熟考して。戦略を練ることだ。今までずっとこのスタンスでどんな危機も乗り越えてきたじゃないか。諦めるな、必ず何処かに弱点があるはずだ。
「……そういえばあいつ」
ふと思い出した何気ない、アクノの言葉。もしかしたら、そこに攻略のヒントが隠されているかもしれない。
無論、リスクもある。というかそっちの方が大きい。相手が予定調和に動いてくれなければ、この作戦は無と化す。
かといって、これ以外の戦術による勝利は見込めないだろう。この方法に賭けてみるしかない。
「やるしかねぇ……」
瓦礫の壁に貼りつきながら、様子を伺う。先程の位置から一歩も動いていない。
仁王立ちで銃を構え、刺すような目つきで周りを見渡している。あくまでも正面戦闘がお望みのようだ。
全方向からの攻撃に集中しているように見える。失敗しても、先程のような小細工はもう通用しない。今度こそ、ジ、エンドだ。
このまま待っていても、時間だけが過ぎていくだけ。覚悟を決めるしかない。
「今だっ!」
俺は隙を見て、アクノの元に躍り出た。一直線に彼に向かって攻撃を仕掛けに行く。
アクノもこちらに気づくと腰を落として低姿勢となり、戦闘態勢に入る。
「無駄だ」
手を構え、スキル発動の構えをする。やはり来たな。それを待っていたんだ。俺は目で確認した後、水鉄砲を素早く向け、発砲する。
一瞬だけ動きを止めてしまうのなら、それよりも早く撃てばいいだけの話。これは仮説だが、奴の能力は敵が接触している時のみ効果を発揮する。
一度俺の手から離れた物質--水は能力によって止まることはないはず。だから、スキルを撃って安心している相手に当たる可能性は十分にある。
「ぐっ……」
硬直が始まった。くそっ。奴のスキルの方が早い。俺の体はゲームのラグのように動かなくなる。あともうすこしだったのに……。
「残念だったな。銃を抜いてから引き金を引くまでより、俺が手をかざす方がずっと早い」
彼は横に体をずらし、俺に銃を向けてくる。万事休すだ。ここまでなのか。
「案外、楽しめた」
引き金を引き、弾が四方に射出される。
嫌だ。負けたくない。勝ちたい。俺は--
「負けるわけにはいかねぇんだよ」
「何……ぐあっ?!」
アクノの上空から、何かが落下し、頭へと直撃する。衝撃で、中に入っていた内容物が彼の脳天にぶち撒けられる。
「何っ……どこから攻撃が……」
想定していない攻撃に、アクノは困惑の表情を見せた。当然だ。
誰も水が入ったマガジンを投げるなど、想定するはずがないのだから。
「何だこれは……水を入れる容器?」
「残念。銃は空なんだな〜これが」
そう、最初から弾丸など入れていなかったのだ。
アクノが口にした、お前の頭に水を被せてやるという言葉。この言葉から、俺はこのゲームの勝利条件を今一度考えてみた。
何も水鉄砲による射撃じゃなくても、単に水という物質を頭に当てれば勝てる、ってな。
あのスキルは非常に強力だ。だからこそ、使い手には類い稀なき安心感が生じる。自分は絶対に大丈夫という自信が、戦場ではいつしか自身に牙を剥くのだ。
俺は近づくと同時にマガジンを水鉄砲から抜き、上空に投げた。
投げたことを悟られぬよう、空の銃を早めに突きつけてスキルを誘発。
油断を誘った。意識外の攻撃なら、流石に対応できないだろう?
「なるほど……俺に近づくとき、これを投げたというわけか。だが、俺が攻撃するかはわからなかったはずだ。俺が危険を感じ、飛び退いていたらどうするつもりだったんだ?」
「お前の性格的に、ありえないと踏んだんだ。もし逃げられたら、負けを認めていたよ」
「……内面まで見抜かれていたとはな。俺の負けだ」
アクノは笑顔で地に倒れ、青い光と共に消滅した。勝った……。やはり強敵に勝った時の達成感といったら、清々しいものがある。
だが、俺も満身創痍だ。もう引き金にかけている指も震えている。もう先程のような全力は出せない。
あともう一人、中央の建物にいる。まだ勝負は終わっていない。ここからは一対一という条件はなくなったから、エレナの手を借りて、一緒に攻めるか。
「兄貴ぃ……一生、ついて行くっす!」
「え……」
ところが、アクノの弟分と見られる男は建物の窓からこめかみに水鉄砲を当て発砲。自殺したのである。いや、死んでないから自殺とは言えんか。
うーむ。俺はアクノとの戦いで疲弊しているし、諦めることないと思うんだけどな。
まぁ、負けてくれて助かった。何はともあれ、これで試合にも勝利か。
『試合に勝利。これより、転送を行います』
俺は青い光に包まれ、フィールドから消滅する。なんか、異世界に行ったはいいがかなり疲れてしまった。スマホを取りにきただけなのにな。
エレナが何故この試合にどうしても勝たなければならなかったのか、アクノはどうしてエレナを狙っていたのかなど、疑問は残る。後で二人に聞きだすとしよう。
大変だったけれど、水鉄砲とはいえ、ゲームの中に入ったような感覚も味わえたし、強敵とも戦えたから、よしとするか。
気がつくと、俺は大きな街の中にいた。
見たところ、異世界特有のヨーロッパにあるような洒落た建物がずらりと並び、武器屋や食べ物屋などは一通り揃っているようだ。テンプレートのような世界観だな。
本などで描かれる異世界物のお話は大体同じ世界観だが、ここも例外ではないらしい。
俺はこのバーダーでいつでも現実に戻れるから、嫌になったら帰ればよい話だが。
『勝てましたね! 今日は本当にありがとうございます!』
帰るや否や、俺のバーダーにメッセージが送られてくる。振り向くと、エレナが笑顔でこっちを見ていた。手を振って兎のように跳ね回り、こっちに来る。いい加減喋れよ、こいつ……。
「これで気分は済んだか? 鞄返せ」
『……あ、はい! どうぞ。……本当にごめんなさい』
彼女は思い出したような顔をして懐から鞄を取り出し、俺に差し出してくる。忘れてたな、こいつ。まぁいい。スマホが手に入って俺もよい気分なので、この件は不問にする。
俺は鞄を受け取り、中身を確認する。
買うものリストと、現金、そして大事なスマホも入っているな。よかった、盗られてなくて。安心した。
「おい、
俺がエレナとやり取りをしていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。
振り返ると、夜色に身を包んだ男がいた。ポケットに手を突っ込みながら、こちらへ近づいてくる。……ん? 待てよ。俺とアクノはゲーム内でしか会っていないはず。なのにどうして。
「おいアクノ、なんで名前知ってるんだ」
「? 知ってるも何も、お前がその名前で登録したのではないのか? リザルト画面に書いてあったぞ」
そんなことをした覚えはない。ということは。俺にはなんとなく、心当たりがある。
『ごめんなさい』
エレナの方を振り返ると、目を合わせないように下を向いてしまっている。こいつ……。
「……あれ、お前のこと兄貴って慕ってたやつはどうしたんだ?」
「あいつは先に帰らせておいた。これからする契約にあいつがいると
「契約?」
「何だお前、そんなことも知らんのか。水鉄砲合戦では勝った方が負けた方に一つ、好きなことを要求しなければならないんだ。但し、命を奪うことや肉体的苦痛を伴うこと以外でだがな」
そんなやばい制度があるのか。制約付きとはいえ、いかにも悪用して下さいと言っているかのようなルールじゃないか。
うーん、心が痛むな。アクノはライバルみたいなものだからあまり無理な要求はしたくない。それに、他の
うーん、要求、要求……。あ、そうだ。
俺は思いついたことをアクノに提案してみる。
「俺達の仲間になってくれないか?」
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