渡されたのは水鉄砲
「……おい、一つ聞いていいか」
『はい。なんでしょう』
聞きたいことはいろいろあるが、俺は今の状況で最も気になった質問をする。
「助けて下さい」という言葉と、銃を渡されたってことは十中八九、敵の襲撃と見て間違いないのだろう。けれど、今渡された物に非常に疑問を覚えてしまったのだ。
貰ったはいいが、これ。
「これ、水鉄砲じゃねぇかぁ!! こんなんでどうやって敵を倒せっていうんだ!」
思わず、声を荒げてしまった。申し訳ない。でも、なんで? ナンデ水鉄砲?!
どゆこと?!
……少々、混乱してしまった。でも、普通に考えてこれで敵を倒せるわけがない。それとも、何か算段があるのだろうか。
『……? あ、ごめんなさい。きちんと説明していませんでしたね』
彼女は慣れた手捌きで腕輪を操作しながら、文字を紡ぎ出した。
『えっと。これは異世界で今流行りのゲームで、水鉄砲合戦と言います。三体三でこの水鉄砲を撃ち合い、先に全員倒したチームの勝利です。そして……私は今、一人なので助けてほしい……ということです』
いや、ゲームなのは流れでなんとなくわかってたけどさ。いきなり本当の戦争に参加させられたら俺、役に立たないぞ。そして名前、そのままかよ。
でも、水鉄砲かぁ……。たしかに、本物の銃を使ったら相手を殺してしまうし、安全の面からいえば、良いゲームなのはわかる。
でも、普段から画面の中ではあるが、銃をぶっ放してた俺からすれば、もの足りなさを感じてしまうのだ。
まぁ、俺はゲームの中だけでしか銃を撃ったことがないから、助かる面もあるが。
それと先程の発言で、やはり黙ってはいられない部分がある。少し言わせてくれ。
「俺の鞄を盗んだのは、このゲームに参加させる為だろう? 呼び出しといて今ピンチだから助けて下さいだなんて、随分と相手への配慮ができないんだな」
『……その通りです。本当にごめんなさい。失礼だってことは、分かっています。でも、この勝負にはどうしても……どうしても勝たなきゃいけないんです』
彼女は目に涙を浮かべ、こちらを見上げてくる。頼むから泣かないでくれよ。
こっちが悪いみたくなるし、断り辛くなってしまう。女の子の涙というのは強力なのだ。そういうところ、よく理解していて欲しいですね。
「はぁ……わかりました。引き受けます」
『本当ですか?! ありがとうございます! では、早速……」
彼女は嬉々とした表情を浮かべ、懐から何かを取り出した。
『この腕輪は、バーダーと言います。これをつけていれば、どこにいてもこのように文字で味方に意思表示をしたり、現実の世界とこの世界を行き来もできます。私の無茶な要求を呑んでくれたお礼です、どうぞ』
手につけているゲート生成器か。いろいろなことができるんだな。
「ああ、ありがとう」
俺は彼女からバーダーとやらを受け取り、左腕にはめる。白色のリングに、黒い縁の液晶。なかなか良いデザインだ。機能性も抜群。これを作った人は天才だな。
ちょっと、水鉄砲の射程も試してみよう。いたって屋台に売っていそうな、拳銃のようなデザイン。マガジンから水を入れて射出する、ごく普通の水鉄砲だ。
俺は空いた壁から、試し撃ちをした。片手で構え、銃口を隣の建物へと向ける。銃口から、鉛の弾……ではなく、水の弾が発射された。
意外なことに、射出時の勢いはなかなかのものだった。少なくとも、そこら辺の店で売っているような
しかし予想通りだったが、射程はほぼないに等しい。隣接した建物のベランダにギリギリ届くぐらいだ。
こうもリーチが短いと、ほぼ至近距離で使うことになる。俺は大変な依頼を引き受けてしまったのかもしれない。
「そういえば、もう一人はどうした? 三対三のゲームではなかったのか?」
『それは……っ。チームを組んでくれる人が、いなかったんです』
「……じゃあ、ずっと一人で?」
俺が尋ねると、彼女は首を小さく縦に振る。失礼なことを聞いてしまった。俺も現実の世界では一人だったから、一人の寂しさというのはよくわかる。
寂しさを紛らわすために、よくゲームの仲間とチャットで駄弁っていたものだ。
現実の世界では喋るのは得意じゃないが、ゲームでは話すのは割と得意だったのだ。そこでの会話は本当に楽しかったのを覚えている。
「……すまない」
『いえ、いいんです。事実ですから。私が弱いのが悪いんです。それに、あなたは誰も声をかけてくれなかった私を、助けてくれた。それだけで、十分です』
俺は特に何もしていない。こんなに人から面と向かって気持ちをぶつけられたのは、初めてだ。何故だろう。会ったばかりなのにこんなに話すことができたのは初めてだ。
だが、ここは戦場。気を引き締めねばならないときが来てしまった。
……いるな。下に。微かだが、足音がする。蛇が
--敵がすぐそこまで迫ってきている。
落ち着け。ここから予測される相手の行動は三択だ。
一:待ち伏せをして下に来た俺達を狩る
二:音を散らして下に誘う
三:二階への突撃
待ち伏せをしているのならば、音を立てるのはおかしい。自分の存在を教えてしまっているからだ。
二階へ行こうにも、この階段は登り切るまで一本道。簡単に反撃されてしまう。そんな不利対面を自分から仕掛けるという可能性は低い。
他にも想定していないパターンがあるかもしれないが、一番可能性が高いのはニ番になる。
俺は水鉄砲を構え、階段の側に張り付く。
「悪いが、そこの空いた壁を見張っていてくれないか。敵を発見したら、俺に知らせてくれ。それと、名前は? なんて呼べばいい?」
『は、はい! えっと、名前はエレナと言います。よろしくお願いします……あ、それと言い忘れていたことがありました。このゲームでは、敵の頭に当てないと倒せません。注意して下さい。』
「?! ああ、エレナね。わかった」
……そんな重要なルールを今言わないでくれ。
それにしても、ヘッドショットじゃないと敵は倒せないのか。この水鉄砲の残念な射程だと、なおさら近接戦で当てた方が確実だな。もう銃床で殴った方が強いんじゃないか?
二番の可能性でいくと、敵がこちらにくることはほぼない。炙り出したいところだ。普通は手榴弾のような
よし、ここは……。
俺はその場で細かく動いて下に聞こえるように音を発生させた。地味な行動に見えるかもしれないが、なかなか効果的な技なのだ。
音というのは気分を高揚させたり、落ち着かせるといった反面、手軽に不快感を与えることもできる。
特に今の状況はお互いが待ち構えている
この状態でゴキブリが
「くそっ。動かないな……」
暫く同じ行動をしていたが、一向に向かってこない。かなり慎重な奴だ。まずいな、敵はあと二人もいる。
恐らく下の奴は一人でも俺達を倒せると踏んだから単独で来ているのだろう。このまま時間が経ってしまえば、残りの二人を呼ばれる可能性が出てくる。
そうなると、かなりの劣勢だ。勝つことが難しくなってしまう。
よし、この辺で動くか。
俺は敵に声を聞かれないよう、バーダーを操作して、エレナにメッセージを送る。
『おい、そちら側に敵はいないか?』
『はい。見える限りでは。大丈夫です』
『了解!』
俺は頃合いを見て、壁の穴から滑るように外に降り立った。決して業を煮やしたわけではない。
元々、こちらが本命なのだから。簡単なことだ。敵は二階を警戒している。
ということは逆に考えると、一階への注意が疎かになっているということだ。敵は二階にしかいないから、下からの攻撃など想定していないだろう。そこを突く。
先程のチキンレースは二階に注意を向けさせる為の布石に過ぎない。
背が高い建物でもなかったので、あまり恐怖心もなく飛び降りたが、特に痛みは感じなかった。
俺がやっていたFPSゲームと同じように、あまり高いところでなければ、ダメージを受けない設定になっているのだろう。ゲームなのに、これしきのことで怪我したら困るからな。
気づかれないよう、慎重に後ろから近づく。案の定、音を立てることに必死で周りを見ていない。
一度立ち止まって全体を見ていれば、俺が移動したことに気付けたはずだ。その音が、自分の首を絞めているとも知らずに。
「?! お、お前、いつの間に!」
ある程度まで近づき、その後俺は一気に
距離を詰めた。反撃する隙を与えてはならない。
頭に銃口を突きつけ、勢いのまま発砲する。水流が噴射され、敵はその場に崩れるように倒れた。
「く、くそっ。誰だお前、一人じゃなかったのかよ!」
悔しさを顔に浮かべながら、体は青いゲートに包まれ、消えていく。ふーん。倒されると転送されてゲームから放り出されるといった感じか。
そういえば、あの発言からするに、俺の存在を知らなかったようだな。ゲームに途中参加したからだろう。うーん、それってルール的にいいのだろうか。
とりあえず二階に戻り、エレナに話しかける。
「おい、倒したぞ。あと二人だな」
『す、すごい……です。どうやったんですか?』
「どうやったか……って、敵の行動を予測すると、こちらがくるのを誘っていた可能性が最も高かった。この階段は一本道だから二階には来ないと判断して、音を立てて敵の注意を引き、その隙に下に降りて……」
……あ。
しまった。またやらかした。調子に乗って、ぺらぺらと口走ってしまったのだ。
あーくそっ。何やってんだ俺。こんなの他の人が聞いても気持ち悪いだけだぞ?!
ほーら見ろ、口を開けて頭真っ白になってんじゃん。せっかく友達になれたと思っていたのに。終わった……。
『……そこまで考えた上での行動だったんですか! すごいです、流石です! 尊敬します!』
「え……今の話、理解できたの?」
『いえ、全然。細かいことはよくわかりませんでしたが、複雑な思考をしていたことは理解できます』
いや、わからなかったのかよ。まぁ、そうだよな、あんな早口で言っても伝わるわけないよな。
「気持ち悪いと思わないのか?」
『? どうしてですか? むしろ尊敬します。いや、この気持ちは尊敬を通り越して崇拝と言ってもよいのかもしれません。普通はできないことですから。私もそんなふうに強くなれたらな……と思います』
エレナが打ち込んだ文章を見て、頬が紅潮する。世の中には、物好きな奴もいるものだ。今までこの技術が役に立ったことなんて画面の中でしかなかったのに。
FPSゲーム、やり込んでおいてよかったっ……。
『どうしたんですか? 顔、赤くなってますよ?』
「いや、なんでもない。それよりも、さっさとここを出るぞ。既に相手にはさっきの戦闘で位置が割れてしまっているからな」
『なるほど……! 勉強になります』
「そんなことを文字に起こさなくてもいい。当たり前のことだ」
俺はエレナと共に、建物を離れた。残りは二人。彼女の為にもこの試合、絶対に勝たなければ。
……あと、俺の鞄も。彼女、覚えているんだろうな。
「……ちっ。あいつ、死にやがった。使えねぇやつです」
「だから野良の奴を召喚するなと言ったんだ。当てにならん。二人で十分だ。……それにしても、奴も野良を召喚していたとはな」
「所詮は野良です。とるに足りません。俺と兄貴なら、怖いもんなしです!」
「油断するな。……目的はあの女だ。俺は誰にも負けない。必ず頂点に立つ」
「わかりました。さぁ、奴らを潰しましょう。我が兄貴、
「
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