第22話 雲の流れなの。

 魔術の勉強が予定より早めに切り上がってしまったレイニィは、庭に出て、風向風速計の傍で空を見上げていた。


 前世の記憶が戻ってから、毎日、朝昼晩と行っているので、見慣れた光景ではあったが、いつもとは違う時間であったので、目を引いた庭師のカームがレイニィに声をかけた。


「お嬢様。どうかされましたか」

「カーム。少し考え事をしていたのだけれど、話を聞いてもらっていいかしら」


「あっしで良ければいつでもお聞きしますよ」

「ありがとう。自分の仕事もあるだろうにいつも悪いわね」

「それぐらいのこと気にしないでくだせい」


 レイニィはアント狩りで屋敷を空けた時、自分がいない間の天気の観測をカームに頼んでいた。

 その時から、レイニィはカームに対して子供言葉を止めていた。


「今は海からの東風が吹いてるわよね」

「そうですな。海風ですな」


 港町ライズは、その名の示す通り海辺の町で、東側に海が広がっている。

 貿易港のある大きな街だ。

 東の海の向こうにある諸島の国々が主な貿易相手だ。


「そして、夜は陸からの西風が吹くよね」

「そうですな。夜は陸風ですな」


(よし、この辺は、前世の知識が通じる。対流はあるわね!)


「それで、今の季節は春から夏に向かう初夏よね」

「そうですな。もうすぐ暑い夏になりますな」


「夏になると海からの風が強くて、冬になると陸からの強い風の日が多くなるよね」

「冬ですか?そう言われれば、そうですな」


(よし、よし。季節風も知識通り)


「今は雲が南から北に動いてるけれど、夏も同じ感じかな?」

「どうでしょう? 夏は余り雲が出ませんからな」


「じゃあ、冬は。冬の雲はどっちに動いてる?!」

「どうだったでしょう? 風の強い日は陸からの海に向かって動いていた様な気がしますな」


(うーん。この話だけだと偏西風なのか季節風なのか判断できない――。

 しかし、観測を始めて殆んど、雲の流れが南から北だ。

 偏西風は吹いてないのだろうか?

 それに不思議なのは太陽の動きだ!

 初夏だというのに日の出の位置が東より南だ。

 日の入りもそうだ。西より南よりなのだ。

 地軸が傾いていればそんな事はありえない。

 地軸が傾いていないとしてもおかしいところはある。

 夏に向けて、日の出と日の入りの位置は北へと移動している。地軸が傾いていない状態でこんな動きをするだろうか。

 ここが赤道上という可能性もあるか?

 だが、それなら夏は雲が多くなるはずだし、今の時期、雲が貿易風で北から南に流れないとおかしい――。

 他にもある!

 日の入りと日の出の太陽は大きいのに、お昼時の太陽は小さいのだ。

 最初は目の錯覚かと思ったが、硬貨と比べて大きさを比較してみたが、どうも錯覚ではないらしい。

 スノウィに話したら当たり前だと言われてしまった。

 そして偏西風が吹いていないかもという事を併せて考えると、導き出される結論は。

 この世界は自転していない!

 太陽がこの世界の周りを楕円軌道で回っている。

 所謂、天動説で想像されるような世界だ!

 それなら、自転していれば吹くはずの偏西風が吹かず。

 雲が南から北に流れるのも納得がいく。

 異世界だからな。天動説のような世界でも仕方ないか)


「ファンタジーだな――」

「お嬢様、どうかされましたか?」


「あ、ごめんなさい。考え込んでいただけ。ただの独り言だから」

「そうですか。なら、あっしはそろそろ仕事に戻りますんで」


「カーム。話を聞いてくれてありがとう。お仕事頑張ってね」

「はい。では失礼します」


 ここでは天気が西からではなく、南から変わる可能性が高いと覚えておこう。

 レイニィは空を見上げ雲の流れを見ながら、そう心に刻んだのであった。


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