2020年4月21日
鳳仙が「心の機微を無視して正論を言う人間が嫌い」と言った。私は「そうだね」と言った。すると鳳仙はしくしくと静かに泣くと床で丸まって眠ってしまった。黒羊だって嫌なことはあるのだろう、そっとして私は読書に戻った。
昼過ぎ、今日も脳の病院だ。バスに乗って隣駅まで行く。乗客は少なく、誰もが俯いている。予約の時間までは時間があったのでいつもの喫茶店に入る。あんなに混んでいたお店が今ではがらんとしている。ブレンドコーヒーを頼んで店内を見回す、席は選び放題だ、ソファの席を選んで座る。本を開くが色々な考えが浮かんでは消えていって、文字を読み進めることができない、四回目同じ文章をなぞったところで本を閉じてコーヒーを飲む。考えることに集中することにした。
とは言え考えとは云い難い曖昧な言葉やイメージが断片的に立ち現れては泡と消えるような状態だ。一応面白いことが見つかればメモを取るつもりでじっとしていたが、特にめぼしい発見はなかった。結局瞑想のようにぼうとして気付いたら病院の時間になっていた。
街路樹を眺めながらのんびり歩いていると、脳に注射器を刺したわかりやすいクリニックの看板がデカデカと見えてきた、遠近感がおかしくなるような大きさで、まるであと一歩でたどり着くような雰囲気だが、あと五分は歩かなくてはならない。
脳クリニックに入ると行く手を阻むようにアルコール消毒が置いてある。これをしないと罷り通ることかなわんといった気合である。私はそれで手を清めて進むと、いつの間にやら受付には透明の壁が設えられており、小さな小窓を通して診察券をやり取りするようになっていた。
診察室もそうなっており、先生と私との間には透明の壁が阻んでいた、音を通すような小窓もないため、先生が何を喋っているのか聞こえづらく、私は何度も「なんと言いましたか、聞こえないのです。」と言った。そのたびに先生は不機嫌になった。私の頭を乱暴に開けると、脳にペッと軟膏を塗った。それがいやに雑で、わたしは均等に引き伸ばしたかったが、自分で脳に触れることはいけないと言われていたので、頭の違和感を我慢しながら帰宅した。
家では鳳仙が相変わらず眠っており、リモンが昨日作った茄子の山椒揚げをつまんでいた。私はデスクの椅子に座ってまた本を読み始めた。今度は何も考えは浮かばなかった、軟膏の効果が出たのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます