勇者と剣士
柳
短編
20××年の夏、高校生活において最後の夏休みを目前に控えていた俺は、隕石落下という珍事に巻き込まれた。
目を開けると世界は一変していて、日本という概念の無い場所にいた。高校3年生の日本男児は、今どこにいるのか。
木の枝の上で眠っていたシャムは、男子学生の意識を有していた。簡潔に述べると、別世界の自分を思い出したということだ。
シャムは剣士だ。国随一の剣の才を持っている。日本男児の血が、潜在能力として備わっていたのだろう。シャムが生まれ育った国では珍しい「刀」を器用に扱えた。構えから動きまで、国では我流だった。
この世界には人間と対立関係にある魔族が存在する。長きに渡る戦いは、未だ優劣がついていない。
ある日、田舎で勇者が誕生した。青年は聖剣に選ばれた唯一の人間だ。勇者爆誕にともない、国中に散らばっていた精鋭たちに通達が下った。曰く、アースという名の勇者と合流し、魔王を討伐せよ。
一人で気ままに放浪の旅していたシャムのもとにも、国王からの伝書鳩が届いたのは2週間前の話だ。
居眠りから起きたシャムは、森の外に意識が引き寄せられた。聖なる者の気配を感じ、木の枝から飛び降りる。道沿いの森だった場所から、日の光で土埃が鮮明に見える道に出た。
「あ、人がいる!」
出会ったのは、聖剣を背負った快活な青年だ。
「君、国のせいえい? さん達がどこにいるか知ってる?」
「……未来の英雄は阿呆なのか」
ブラウンの髪色に新緑を思わせる緑色の瞳は、通達で知らされたアースの容姿と一致している。加えて、聖剣を所有しているのなら一目瞭然だ。
アースの阿呆な気配を察してしまう発言に、堪えきれず呆れた眼差しを向けた。
「俺のこと知ってるっぽい? 俺はアース。君は?」
「シャムだ」
名乗った途端、アースの瞳が輝き出した。
「王様から聞いてた名前だ! 剣がとっても強くて、年は俺と同じなんだよね」
「うん。そうだな。国王からは、8日待っていたら会えるだろうって言われていたんだけど」
予定より6日も遅かった。聞けば、初めの3日で所持金を使ってしまい、食うのにも寝るのにも困っていたからだという。もともと手持ちが少なかった上に、考えなしで宿に泊まってたらふく食事をしたようだ。
「仕方ないからお小遣いを貯めながら合流しようと思ってさ、ギルドに寄ってクエストをこなしてたんだよ。そしたら夢中になっちゃってさ、旅路が全然進んでなかったんだ!」
「……アホだ」
「あほうもアホも同じあほ」
堪えきれずにため息を吐いた。呆れてしまうのは仕方ないはずだ。
不意に両手を、アースの両手でがっちり包み込まれた。見ると、喜びにみちた笑顔と正面からかち合う。ほんの僅かばかり、シャムの身長が高いようだ。
「会えてよかったよ。1人目発見!」
アースの瞳には、黒髪と金色の目をしたシャムが映っている。
「旅をはじめて2週間で、やっと1人目なのか」
「旅は長いから旅なんだよ。俺、1人目と会えるまで半年はくだらないと思ってた」
「冗談だろ」
勘弁してくれ。さっさっと魔王倒したら、また一人旅を再開してーよ。
□□□□□□□□□□□
「で、今日の宿は……」
「当然、野宿です! ……っ
「クエスト受注してクリアした報酬はどうしたんだ。まさか、1つもクリアせずに6日も費やしたのか」
「いやいや、受注した5つのクエストはクリアしたよ。報酬は弓矢と剣と薬草と、あと銀貨もあった!」
「なら、自分の宿代はあるんだな。薬草もあるなら、効能によっては戦闘で怪我をしたときに使える。……弓矢と剣はどうしたんだ?」
森沿いの道をしばらく歩いてたどり着いた小さな集落の、安価な宿屋の前で今夜の宿代を確認する。隣にいるアースを見ても、武器は背中にある聖剣のみで、弓矢とノーマルな剣は見当たらない。
「銀貨はな、シャムに会う前に俺の腹の中に消えたぞ。薬草は使い方が分からなかったし、欲しそうにしてた子どもにあげた。母親が体調崩して寝込んでるんだって。弓矢と剣も使い方が分からなかったし、持ってても邪魔だったから質屋に売った」
「薬草はそうだな、必要としている人の手に渡ったのならそれが一番いい。……質屋で売って、代わりの金はどうした」
「だから、シャムに会う前に俺の腹の中に消えたぞ。今は一文無しだ! ……っ痛-!!」
ため息を吐いてしまうのは、仕方がないはずだ。
「シャム-、俺を置いて宿に入っちゃうのか-。1人で野宿は寂しいんだぞー」
「……今回だけだからな」
「ん? ……あ! もしかして俺の分払ってくれんのか!」
「今回だけだ」
「ありがとう! 大好きだ!」
小さな宿屋の、飯無し風呂無し2人分の宿代くらいなら、俺の所持金で余裕があるし。
□□□□□□□□□□
夜も更け、月の明かりだけが空に浮かんでいる。星は流れる雲に覆われ、十日夜の月も時折雲に隠れてしまう。
遥か遠くに感じる気配で、寝ていた意識が浮上した。
「シャム、起きてる?」
「ああ」
隣のベッドから上体を起こしたアースが、凛とした声で呼び掛けた。
「行こう」
静かな薄闇の中で聞こえた声音は、ピンと張った糸のように芯が通っていた。
□□□□□□□□□
宿代は前払いで済ませていたから問題無い。旅をするには軽すぎる身なりの2人は、自分の武器を手に宿を飛び出した。
「お金はちゃんと持ってきたのか?」
「当たり前だろ」
「落とすなよ。俺の飯代を兼ねてるんだぞ」
「自分の金は自分で稼げ」
集落を抜け、山に続く森をひたすらに走った。
「来る」
シャムの呟きとほぼ同時、2人の行く手を阻むように、1人の女性が舞い降りた。
背中にある黒い羽と頭に生えている二本の角は、魔族特有のものだ。
魔族から距離をとるように、シャムとアースは後方へ跳んだ。
「あなた達が勇者ご一行かしら? そのわりには人数が少ないのね」
「あはは、ちょっと諸事情がありまして」
「ふーん。まあいいわ。魔族の気配を察して来たんでしょう? 正解よ。魔王様からの直々の命で、あなたたちを始末しに来たの」
女魔族は愉快そうな笑みを浮かべた。
「魔族の王様の命令だって。俺たちと同じだね」
「軽口叩いてないで、倒すぞ」
「立ち尽くしてるなら、私がさくっと終わらせてあげる」
女魔族が羽を使って一瞬の間に距離を詰めてきた。アースの目の前に、刺殺向きの長い爪を振りかぶる。
アースは背負っていた聖剣を鞘から抜き出し、攻撃を受け止めた。腕2本分ほどある刀身の剣を、青年の体躯で軽々使いこなしている。
女魔族がアース目掛けて攻撃をしている隙を狙って、シャムは近くの木の枝に跳び上がる。女魔族の背後を取れる位置に移動した瞬間に、飛び降り様、首を目掛けて刀を振るった。
しかし、素早く身を翻したまま攻撃をかわされる。地面に足がつく前にもう一撃刀を振るうと、二撃目を予想していなかった相手の姿勢がよろめいた。二撃目で羽にわずかな切れ目を入れられ、動揺したようだ。
隙を見逃さず、アースが聖剣振るう。
聖剣による攻撃をもろに受けた相手は、瞬く間に光る塵となって闇夜に消えた。
□□□□□□□□□□
「シャム-。今日の宿は……」
「もちろん、野宿だ」
「え-! 今日で6日連続だよ! 全身バキバキだよ!」
「……誰かさんが、目を離した隙にお金を全部腹におさめるからだろ」
アースと出会い、魔王の配下を倒した日から数日が経った。出会った日は奢った宿代も、次の日から野宿に変更することで金銭的平等を成した。
今は、商人文化の栄えている街の噴水広場にいる。服屋や武器屋、飲食店などが建ち並んでおり、街の人々や街の外からも人々の行き来が盛んだ。
「屋台の串カツうまそうだったんだよ-。シャムにも1本分けただろ。美味しかっただろ?」
「……美味しかった」
「ほらねー!」
「カツアゲを警備兵に突き出してくる間、ちょっと預かっといてくれっていったよな」
アースとシャムが並んで歩くだけでは、強く見えないらしい。背負っている剣と腰に下げている刀は、お飾りに見えるようだ。アース曰く、超ムキムキな仲間と合流できれば、万事解決らしい。ムキムキっていうと、国境警備兵だろうか。
問い詰めるようにアースを見ると、下手な口笛を吹いている。風の音しか聞こえない。
「とにかく! お小遣い貯めながら新たな仲間たちとの合流を目指そう! そうと決まれば、まずはギルドだな。行くぞ、シャム!」
目的地をギルドに定めて、2人並んで歩き出す。
「新たな仲間って具体的にどんな奴らかは聞いてるのか? 俺はアースのことしか聞いてないんだけど」
「んーとな。俺とシャムの他は、国境警備兵と聖女様と魔法使いと治癒師と……」
指を折りながら、これから出会うはずの仲間達の役職を挙げていく。
「全然見つかってねーじゃん」
「へへっ。でもシャムがいるし、1人で仲間を探してた時より楽しいぞ! それに、旅は長いから旅なんだよ」
「……まあ、いっか」
一人で気ままな放浪旅もいいけど、アースと一緒なのも悪くない。
「よし! A級モンスターの討伐任務にしよう!」
「そんなクエストばっかやってるから、旅の移動速度が遅くなるんだろ」
国のためにもさっさと魔王を倒さないとな。
「強くなって、早く魔王を倒すぞー! ……っ痛-!」
「街の真ん中で魔王とか叫ぶな」
◇◇◇ 終 ◇◇◇
勇者と剣士 柳 @gomokugohan
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