ちあきさん

たかひろ達は結局、2年近く父の宿に宿泊していた。














皆、人懐っこい性格の人達で父はたかひろの上司である人の誘いで一緒に麻雀したり飲みに出掛けたりするようになっていた。













そして、ちあきさんの経営するスナックに

たかひろ達を連れていき、そこにたかひろが私を連れて行ってくれたことで私はちあきさんと出会い、話す事ができた。













たかひろは私を連れていく前に「多分…おやっさんの(私の父)彼女やと思う…」そう言っていて、店に入るなり私をちあきさんに「おやっさんの娘たい。」そう紹介してくれた。












ちあきさんはとても小柄でハスキーな声で

元気で笑顔の素敵な人…そんな印象だった。









ちあき「え?姉ちゃん?それとも…もえちゃん?」














ちあきさんは姉の名前と私の名前を言った…














ちあき「あっ!待って!言わないで!(笑)」

そう言うとまじまじと私の顔を見て


ちあき「もえちゃん!でしょ?(笑)」

と、自信ありげに答えた。


たかひろ「そう!(笑)よう解ったね!(笑)

前に会いたいって言っとったけんが、連れてきたばい。」


ちあき「うん、ありがとう。おとんが持っている写真の面影があるから解っちゃった(笑)

あ、もえちゃんごめんね、もえちゃんが「おとん」って呼んでたって聞いてたから私もついおとんって呼んじゃってるのよ(笑) そっか、もえちゃんか…」


ちあきさんは機関銃のようにそう話すと

急に考え深げに遠い目をしてグラスのワインを1口飲んだ。













たかひろはジャックダニエル、私はグラスビールを頼んで、他のお客さんが帰っていくのをカウンターで待った。














お客さんも残り1組となり、ちあきさんは私達の席に来て少しずつ父の話をし始めてくれた…












 


ちあきさんと父の出会いはちあきさんが19歳の時

夜の世界に入ったばかりだった。


とあるお客さんに父のお店に連れて行ってもらい

父と出会ったらしい。


父と出会ってから毎日ちあきさんは同僚達と仕事帰りに父のお店に足を運んでたという…


何年も通い続け、時にはお店を閉めて寝ている父を叩き起こし迷惑がられながらもご飯を食べさせてもらったと笑いながら話してくれた。



そして、その内父はちあきさんに心を許したのかも知れない。

時々私達の写真を見せては目を細め「会いたい」と溢していたと聞いた…













そんな父の異変は、ちあきさんには直ぐに解ったらしい。













いつ行っても店は閉まっていて、たまに街で見かけても目は虚ろでチンピラ相手にケンカばかりしていたらしい。














そんな父をちあきさんがどう救ってくれたのかは話してくれなかった…


けれど、父は私の事で悩みちあきさんに色々と相談していた。


ちあきさんは悩む父に教護院という場所があることを話し、そこは前科もつかないと説明してくれていた。

最初父はちあきさんの話を聞いて怒ったらしいが後々、私を教護院に入れてきた…とお礼を言われたと言っていた…。











そして、私を引き取るための宿のアイデアもちあきさんだと言うことを知った。













この頃、ちあきさんのお腹には子供が居て

『おとんが家族の元に帰っても私は1人じゃなかったから平気だった』と話してくれた…







まさかの父の隠し子の存在に私は驚いた。





たかひろがその子は今、何歳なのかを聞くと

ちあきさんは「産めなかった…」と、涙ぐんでしまった…。






父がちあきさんの元を離れ、私を教護院から引き取る為に土地を買い、お店を人に貸し、家を売り

宿を建て、営業する準備に奮闘している最中

ちあきさんは父の子を流産してしまっていた…






私「その事は父は知っているの?」





私は思わず聞いてしまっていた…





ちあき「ううん。妊娠すら知らないよ(笑)

知ってたらおとんは苦しむって知ってたから言ってないし、もう過去の事だから言う気もない。

だから、お願い。2人も言わないでね(笑)」














この時、私はちあきさんには申し訳ないけど

ちあきさんのお陰で今の私達があるんだと心から感謝した…


ちあきさんの父への想いが本物で自分よりも相手の幸せを…そう心から願ってくれる人で…この人の涙の分も私は頑張らなくちゃいけない…そう思った。







そして、この時もう1つだけちあきさんにお願いされた事がある。









それは…この頃の私にとっては少し重たいお願いだった。


ちあき「おとんは今、必死に失われた家族の時間を取り戻そうとしていると思うから、おとんがもえちゃんの手を離す迄でいい…子離れの心の準備が出来る迄でいいから、おとんの側でおとんの子供でいてあげて…

おとんは本当に貴方達が生き甲斐なの。

良いおとんで居たいと常に願ってる。

そんなおとんだから…お願い。

おとんがもういい!って思うまで、おとんの子供でいてあげて下さい…お願いします…」







ちあきさんはそう言うと深々と頭を下げた…。














それからしばらくして、たかひろは次の仕事に行き、私はこの1度しかちあきさんに会っていない…










そう言えば、私達がちあきさんのお店に行ってから

1度だけちあきさんから父宛にハガキが来た。

ちあきさんらしく、手紙ではなくハガキ…

どこまでも父を想い、父の家庭を気遣っていることが解かる素敵な女性…

内容は解らなかったけど、いつの間にかちあきさんのお店がなくなっていた…









きっと、その事を知らせる為のハガキだったんだと思う…。










今の私はちあきさんの最後のお願いが支えになっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る