海景の試練。

「おい、退け」

「ん、……?」

 げしげし、と蒲団越しに踏まれているいるらしく、眉をしかめながら目を開く。


 そこには、花姫様をお姫様抱っこする海景――。

「ちょっ……なにしてるのさ!」

 慌てて飛び起きて睨みつけると、海景は顎でくいっ、と蒲団からけるようにと指図し、うやうやしい様子で花姫様を僕が眠っていたところへ横たわらせた。


「貴様が寝こけていたところなど、姉上様には『毒』だろうが……いたしかたあるまい」

「は……、喧嘩けんか売ってるの?」

「私は間違っているだろうか? 貴様は姉上様を泣かせた。害を及ぼしている自覚がないとは言わせない」

 海景は氷のような声音こわねで言いはなつ。けれどその瞳は、確かに怒りのほのおをたたえていた。

「……『彼女に相応ふさわしくない』のは、わかってるよ……」

 ぴくっ、と眉をはねあげる海景。

「でも……欲しかった。この美しい女神ひとが」

「――『相応しくない』か……貴様が思うのならば、きっとそうなのだろうな」

「ッ、」

「しかしそれは、己の裁量で断じていいものでもあるまいよ」

「……?」

「このまま連れかえろうかとも思っていたが。小僧……貴様に機会をやろう」

 そう言って海景は、花姫様の和服の上から胸の辺りへ触れた。

「なッ、なにしてるの変態!! 僕だってまだ揉ませてもらったことないんですけど!」

「貴様最低なこと言うなというかそんな暴挙済ませていたら切り刻んでいたぞ!! ここに、『鍵』をかけたと示したかったのだ!」

「『鍵』……?」

 僕はまじまじと上衣じょうい胸許むなもとを見つめる。いや、物理的なものなら脱がさないと確認しようもないけれど、カラダに『鍵』というのは十中八九『神術しんじゅつ』……神の御業みわざで『なにか』を封じた、と考えるのが妥当だろう。

「……『精神ココロ』を閉じこめた、とか?」

「まあ、おおむね正解だ。そして『鍵』は私の神力しんりょくの他に、あとひとつ……予備としての『合鍵』がある。人間でいうところの、“パスワードを忘れたとき用に質問と答えを登録しておく”アレだな」

「え、そっち方面明るいの? ネットユーザーなの?」

「いちいち混ぜっかえすな! 神だってねこちゃん動画くらいたしなむわ!!」

 いやだって、神様の口から「パスワード」ってワード飛びだすと思わなくて……。あとねこ“ちゃん”て。

 海景はいいから聞け! とぴりぴりしながら、僕へ向きなおった。

「私が姉上様に定めた『合鍵』は、『姉上様が最もほしい言葉』だ。それは私にも知りえない」

「は!? なんで自分でわからないもの『合鍵』にするの!?」

「この海景には自前の神力があると言っただろう。それに考えずとも、私には大体の予想ができているぞ」

 呆れるように言ったあと、嫌味ったらしく、にいぃ、と笑う海景。

「貴様には、わからないかなぁ。――『自信』が、ないものな?」

「……そ、んなこと……」

「まあいい、半日。半日やろう。その間に見つけてみせろ、姉上様の『最たる思い』を。『失敗』なら予定通り、姉上様は引きとらせてもらう」

 海景はふわりとマントを身にまとい、襖へ手をかけた。

「安心しろ? 責任を持って、の手配はしておいてやるから」

「――!!」

 ふふん、とわらって姿を消す海景。


 正直、わからない。

 彼女が望む『言葉』も、彼女が未だ、ここに留まりつづけてもいいと思ってくれているのかさえも。


 わからない、けれど。

 少なくとも、花姫様は『鍵』をかけられている。

 なにか抵抗した上だとするなら、このまま『終わり』にしていいはずもなかった――それに。


「……このまま離れるなんて、絶対にいやだ」

 この際、そしりでもあざけりでもなんでもいい。貴女の『本心』が知りたい。

 花姫様の傍らに跪いて、必死に頭を巡らせはじめた。

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