【花姫視点】わらわの、想い。

 わらわの前で、司がぐらりと揺らぎ、倒れこんだ。


「司……司、いやっ、司ぁっ!!」

「姉上様、落ち着きなさいませ!」

「だって、だって……っ、わらわのせいでっ!!」

「それが、わかっているならっ!」

 海景がわらわに初めて向ける強い口調に、思わずびくりとする。


「――彼をます。少し外してくださいませ、姉上様」



✿✿✿✿✿



「気を失っているだけです。身体の変異に加え、いろいろありましたからね」

 わらわは蒲団ふとんで眠る司の手を取り、自らの額にこすりつける。


 ほろほろと涙が止まらない。

「姉上様……」

「やはりこれが、だれかを『すきになる』こと……」


 もしかしてとは、思っておったが。

 神の『情』など司にとってえきにはならぬ。認めるのが怖かったし、あとは……どうしても確信が持てなかったのじゃ。


 だれかを『想う』ことが、こんなに苦くて、痛みをともなうものだったなんて。

 でも、わらわの中を巡るのは、もちろんそれだけではない。


「海景、『恋』って、すごいの……」

「姉う……」

「そばにいるだけで胸がぎゅうってして、壊れそうなくらい……『しあわせ』なんじゃな……」

 思わずへにゃり、と笑ってしまう。

 逢えて、よかった。

 震えるような、歓喜かんき

 こんなに、永らえていたことに感謝した日はなかった。やはりわらわは、勝手な女子おなごじゃ。

「……そんなの、もう……『愛』じゃないですか……」

 海景がなにか呟いた気がしたが、聞きとることはできなかった。



 ……ただ、わらわだけが『倖せ』は、いやなのじゃ。

 司が『倖せ』になってくれたら、もっともっとうれしくなれる。

 司は、いつも不安そうだった。悲しそうだった。

 満たされてほしい。そのためならなんだってする。

 司が心から笑ってくれたら。その場所が、わらわの隣でなくたって。

 きっとわらわは、天にも昇る心地になろう――。


 その気持ちを海景に話したら、海景は額に手を当て、なぜか『ああぁもう、腹立たしい! この小僧、蹴って踏んで煮詰めたい!』とよくわからないことを言いながらも、真剣な表情で問うてきた。


「――姉上様。私も先ほどあらためましたが、同じ所見ですね。小僧以外に影響は見られません。恐らく今後も、外界は無事でしょう。これから、どうなさるおつもりで?」

「……わからない。司が望むようにするのが一番と思うが……この子は優しいから、きちんと本音を話してくれるか……」

「『優しい』、ねぇ……」

 海景はすうっと目を細め、司へ寄り添うわらわの横に跪き、広げた右手をこちらへ向けた。

「海景?」

「ならば、あぶりだしてみせましょうか? こやつの『本意』を」

「なにを……」

「失礼いたします」

「!」

 海景の右手を水の渦が取り囲んだかと思うと、ずぶり、と躊躇ちゅうちょなく、それはわらわの内部へ潜りこむ。

 これは、この『術』は……!

「待てっ、みか……!!」

 言いおえる前に、わらわの視界は深い闇へとされてしまった。


「姉上様。この海景だって、貴女様あなたさまのためならば……なんだってするのです」

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