花姫様の弟神・海景。

「――どういうことでしょうか」


 キレイな顔に怒りをにじませ、少し幼さの残る凛とした声が、部屋をぴりぴりとさせる。


 正座をした僕と花姫様の前に仁王立ちしているのは、『海景みかげ』。

 つややかな肩までの銀髪に、西洋風の衣を華麗に着こなす、花姫様の弟神おとうとがみだ。医術にけた有能な神らしいけれどとにかく(花姫様以外には)居丈高いたけだかで、その顔立ちも威圧的な物言いも、血が繋がっているとはとても信じがたい姉弟だった。

「海景……すまぬ」

 普段は花姫様にどこまでも甘いのに。海景の眼差しはなぜか花姫様を、厳しくとがめるように捉えていた。


 元々僕は、こいつがあまりすきではない。花姫様の前でだけ異様ににこにこもじもじしているし、ぶっちゃけ花姫様に向かいあっているときは背景バックにハートマーク乱舞しているし、僕と花姫様の契約箇所がくちびると知って以来、僕を射殺すような目で見てくる。


 それに、全ては僕の落ち度なのに、しゅん、と身を縮こまらせる花姫様を見ているのは耐えられない。

 これまでは花姫様の弟、とで接してきたけれど、もういいや。

 僕は立ち上がるために正座を崩しながら、いけしゃあしゃあと言い放つ。

「ねえ、普段は引くほどシスコンのクセに、さっきから花姫様を睨むのはどうして?」

「なっ、シス……っ!?」

「僕が気づいてないとでも思ってた?」

 図星を指されておたおたする海景の前へ進みでる。

「子どもの僕が花姫様へ抱きつく度、恨みがましい目で見てたよね? あと、いつも花姫様相手だと瞳キラキラさせてるし。わからないわけがないでしょ」

「貴様……ッ、それが本性か!?」

 愕然がくぜんとする海景に、駄目押しみたいに真実を語る。

「彼女は被害者なんだ。僕が花姫様に迫って、手を出してしまった」

「――!!?」

 目を見開き、身を強ばらせる海景。

 反射のように僕の胸ぐらを掴んだ海景へ、花姫様が慌てて駆けよる。

「海景……っ、やめて! わらわが悪いのじゃろう、全てわらわの、『影響』なのじゃろう……?!」

「――姉上様、それは、っ、でも……」

「……」

 言いよどみ頭を抱えた海景と、痛ましげにうつむいてしまった花姫様に、僕は不安が募りはじめる。

「なに? 話が見えないよ……」

 代わりに海景が吐き捨てるように答えた。

「貴様は恐らく……『情』をかけられたのだ」

「じょう……?」

「いいか、基本的に我々神は、自身の愛念あいねんを極端に怖れる。なぜだかわかるか?」

 唐突な質問に首を傾げつつも、素直に考えを述べてみる。

「……えっと。神様は全てを平等におもわなければならないから?」

「それもある。だが、その最たる理由は――あまりにことわりくつがえしかねないから、だ」

 『情』、『愛念』、『理を覆す』……。ひとつひとつが、パズルのピースみたいに現れてくる。

 海景はビッ、と僕を指差して、忌々しげに告げた。

「小僧、貴様は今、『ヒト』でなくなろうとしているのだ」

「は……?」

「貴様はっ認めたくないが! ほんっっっとうに認めたくはないが!!」

「二度言うね」

「茶化すな沈めるぞ! ――無意識下ではあろうが、姉上様に望まれたのだ。永く共に生きたい、と」

「――!!」


 うそ。うそ……。

 花姫様が、僕を……!

 これは夢、じゃないよね!?


 ずっと、苦しかった。

 貴女に焦がれて、触れたくて、欲しくって、でも。彼女から求められることはきっと生涯ないだろうと、どこかで思い至っていた。


 ああ、それなのに!!


 うれしすぎて、反射的に花姫様のほうをがばり、と見遣みやると、花姫様は顔を真っ赤に染め、その潤んだ瞳を縁どる長いまつ毛を伏せていた。


「花姫さ……」

 僕は困惑を隠せなかった。

 彼女は上衣じょういえりをきゅう、と握りしめ、ぽろぽろと涙をこぼしだしたからだ。


 僕と海景はどうしていいかわからず、身動きがとれなくなってしまう。

 先に口火くちびを切ったのは、花姫様だった。


「ごめ、なのじゃ……つかさ、っ」

「花姫、様……?」

 しゃくりあげながら、華奢な両の手で顔を覆い隠す彼女に、僕がそっと触れようとすると……。

「ごめん、なさい、じゃ。つかさ。わらわのせいで、そなたのみらい、めちゃくちゃに……っ」

「――な、」

 なんで。どうしてそんなこと。

「それっ、本気で言ってるの!?」

 思わず強く彼女の肩を掴んで、声を荒らげてしまうと、その反動で覆われていた手は外れ、その表情を知ることはできたけれど。

 花姫様は、大粒の涙をあふれさせ、それが意図するものは、きっと――。

「『後悔』、してるの……?」


 花姫様は、目を逸らす。


 それが貴女あなたの『答え』、だったなんて。


 僕の目の前は真っ暗になって、その意識は深く深く、落ちていった。

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