【花姫視点】ほっとちょこれーと。

 時は日をまたごうかという頃合い。


 わらわはもうすぐ高校受験を控え、勉学へ励む司へ、いそいそと『あるもの』を運んでいた。


 お盆に載った真白まっしろな『まぐかっぷ』からは、甘い香りが立ち上っていた。

(多分、『当たり』と思うのじゃが……)


 内心かなり緊張しながらも、素知らぬ振りをみずからに言い聞かせ、空いている襖から声をかける。

「司。少し休憩せぬか?」

「……あー。そだね、そろそろ」


 司はもう声変わりを果たし、大人のそれにはなったものの、どこかしっとり甘さを帯びているところは、なんというかこう……もにょもにょする。

(これが『いけめんぼいす』というやつじゃろうか……)

 はっ、いかん。どぎまぎしている場合ではない! 今回はしっかり見極めねばならんのじゃから!


「頭を使ったときは甘いものじゃろ? これ、最近『れしぴ』の本で読んで……」

 学習机に向かっていた司の前にかたん、と置いたのは『ほっとちょこれーと』という『めにゅー』じゃった。

「牛乳を温めながら、そこへ刻んだ『ちょこれーと』を少しずつ溶かしてゆくんじゃよ! いい匂いじゃろ?」

 様々な『とっぴんぐ』――『しなもん』とか『ましゅまろ』とかじゃな――をしてもよいらしいが、今回は余計な要素を排してみた。


 司の『なにも混ざらぬ本当』が知りたかったから。

「……うん、あの……いただきます」

 ――やっぱりじゃ! 司は困ったように眉を寄せ、困惑気味に『まぐかっぷ』へくちをつけた。

 他の者なら、彼のこの反応をきっと『ああ、これ苦手だったかなぁ。悪いことしちゃったなぁ』と気まずくなるかもじゃが、わらわは見逃さなかった。

(その前に一瞬、うれしそうにしたじゃろ司!?)


 ずっとずっと、なんとなくあった違和感が今、確信に変わった。


 幼いころ突然、司の食に関する好みが変わった。


 何年も見守ってきたが、司は隠すのがとてもうまい子じゃった。もしかして、本当にある日突然味覚変異没発……? と、わらわが勘違いしはじめるほどには。

 しかし受験生になり、連日の勉強疲れが、彼の壁を少しもろくしたらしい。


 わらわは、自分が悔しい。


 試すようなことをしなければ、司の本心も見えない……見せてもらえないことが。


 こくりこくり、と噛みしめるように飲む司の横で、きゅっと自身のはかまを強く握った。

「――飲むの、つらかったかの?」

「……別に、つらいとかは」

「んと、これ……溶かしてゆくの、すごく楽しくて……また、作っても?」

 勇気を出して提案すると、司は少し表情をやわらげて微苦笑びくしょうを浮かべた。

「……花姫様が作りたいなら」

「わぁ、うれしいのじゃ! じゃあ、お礼! 司、わらわになにかしてほしいことはないかの?」

「え、なにかって……」

「なんでもよいぞ! わらわにできることなら!!」

 息巻いて司へずいっと身を乗りだしたわらわに、司は視線をさまよわせながら、椅子から立ちあがって告げた。

「――ぎゅって、してほしい」

「よしきた!!」

 そのくらい御茶の子さいさいじゃ!


 わらわはぎゅーっと司を抱擁ほうようした。

 久しぶりに抱きしめる司の背は、もうわらわの頭が肩のあたりに来るほどまで伸びていた。

「わあ、ノリが色気なさすぎでしょ……」

「なっなにおう!」

「……花姫様はなんにも変わらないよね」

「む!? 日々研鑽けんさんは積んでおるぞ!?」

「いい方向へでしょ。僕はさ、どんどんにごっていくっていうか、汚れていくのに……ぐっ!?」

 司が息を詰まらせたのは、わらわが抱きしめる力を限界まで込めたからじゃった。

「綺麗じゃよ! 司は、すごく綺麗な子じゃ!! 見た目だけじゃなくて、心だってだれよりも!」

 なんでそんなこと言うんじゃ。


 ひとりで苦しまないで。


「あああもうっ、胸がジャマで密着できん!」

 元々この胸は和装にも向いておらんし重いしで、全然得したことはない。もっとぴったりくっつけたら、司との距離も埋められる気がするのに……!

「……いや、今密着されたら当たる……」

「? なにがじゃ!」

「いや、花姫様は知らなくていいこと。……ありがとう」


 司はちょっと照れくさそうに、でもふわっ、と笑った。

 はにかんだような司の笑顔。普段だったらきっときゃっきゃとはしゃいで喜べた。

「~~……」

「っ、花姫様?」


 気づくとわらわは、司の胸に額を押しあて、一度緩めた、司の背中へ回る腕の力を込めていた。

「ちょっ、苦しいよ……」

「わらわも……」

「?」

「わらわもこれは、なんだか苦しい……??」

「じゃあ緩めたほうがいいんじゃないかな……って、なんで頭突きしてくるかなー? ……ははっ、ヘンな花姫様」


 その後、なんとか気持ちを落ちつけてから司に詫びると。“そう言えば、さっきの自分の胸に対する言動、ささやかな女性の前でしたら、最悪刺されちゃうかもだから気をつけてね”と遠慮がちに耳打ちされ、ひゅっと肝が冷えた。隣の芝生は青い、というやつなのかの……?

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