【花姫視点】きっと、今は。

「司、今日は司のすきな洋食じゃぞ!」

 小学生となった司の前には、わらわ手製の『はんばーぐ』が置かれている。


 直接しょくすことはなくとも、わらわは料理を八代の一家へきょうするのを自身へ課して久しかった。


 わらわはいつも、八代の家系の者から『活力』を得てきた。


 触れて、満たされたときのやわらかな安堵。


 それはあたたかく、とてもうれしいもので。


 その『うれしい』を、少しでも返せたら、と思ったのじゃ。


 幸い料理というものは、きちんと『れしぴ』があり、分量を間違わねばほぼ失敗するということはない。

 そして少しだけ、『ずる』をするわけではないが、わらわの神術しんじゅつを籠める。



 ――わらわの大切なひとたちが、少しでも健やかに過ごせますように。



 これはもちろん本心だし、こうするのとしないのとでは味が格別に違い、美味指数びみしすうがお店のもの並に『れべるあっぷ』する(らしい)。まあ、『愛情』を『すぱいす』にするのはヒトも当たり前にすることゆえ、これは断じて『狡』などではないぞ!



 ここ何代かの、近代的な家庭でお世話になっていると、こういった『洋食お料理すきる』も身についてくる。

 子どもはこういった『めにゅー』がだいすきじゃ。

 世話焼きな性分のわらわは、司がもし口の周りを汚してもいいように、『うえっとてぃっしゅ』を手に携え、意気揚々と隣へ座した。


「……」

 司は、少し躊躇ためらうような素振りを見せ、わらわと『はんばーぐ』を交互に見遣みやる。

 それから、もじもじと言葉を発した。

「……あのね。ごめん、はなひめさま。これ、にがてになって……」

「!!?」

 わらわは驚愕きょうがくした。

 数週間前まであんなに喜んでいたのに……!?


「あ、あああ、あの、司、なにかあったかの!?」

「うん、えっと……」

 視線をあちこちにさ迷わせ、困ったように笑う。

「『おとな』になったから。もっとすっきりしてるの、食べたいな……」

 いやいや、司はまだ六歳じゃろ……!?

 ひとしきり狼狽してから、わらわはひとつの可能性に行きつき、優しく尋ねてみる。

「……小学校でなにかあったかの?」

「ううん、ちがう! お母さんたちやはなひめさまを見てて、おさしみとかかっこいいなぁって思っただけ」

 なんの前触れもなく、照れたような輝く笑顔を見せられ、わらわは思わず、

「ヴッ!!」

と呻いた。


 わらわは司の満面の笑顔に弱い。

 異国の天使かと見紛みまがうほど愛らしく、無邪気で、清らなそれは、最早もはやわらわにとってかけがえのないもの。


 そんな彼と出逢えた『えにし』にただただ感謝し、身悶えていると、司は不意にわらわの衣をきゅっと掴み、言った。

「あのね、ぼく。やつしろのお家に『ふさわしく』なるからね……」

「――……」

 その発言はとても立派で、きちんと『微笑んで』いるはずなのに。

 司の『笑顔』は最近、わずかばかりの『かげり』が見える気がしてしまう。


 どこか儚く、寂しさと不安が滲んでいるような。

 しっかり見守っていないと、この悲しいほど麗しい少年は、泡沫うたかたのように、淡く溶けうせてしまいそうな気がしてくるのじゃ。


 わらわは心がうずくような焦燥感に駆られ、司を強く抱きしめた。


「はなひめさま、どうしたの……?」

「――本当に、どうしたのじゃろうな……、……少しだけ、こうさせておくれ」


 きっと、今は『その打ち明ける』ときではないのじゃろう。

 わらわのからだに自身をあずけてくれた司の背中を、優しくでた。

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