はじまりの合図。

 僕は、とある神社の跡取りとして生まれた。


 その割に、父方の曾祖母そうそぼに流れる異国の血が色濃く出て、その金に近いふわふわのくせっ毛や真っ白な肌、目鼻立ちは『天使みたいねぇ』と、よく形容された。


 花姫様は、生まれたときにはすでに我が家にいた。というか、もう500年くらいずっといるらしい。


 僕の一番古い記憶は、そんな花姫様がり行う神儀しんぎに関するものだ。


 父さんに連れられ、神社に設けられた祭場で行なわれる儀式を、隅で見させてもらったのだ。


 そこは野外で、周りの樹々には、紙垂しでが取りつけられた注連縄しめなわが巻きつけられている。

 中央に花姫様。少し離れたところにのようなものを引き、それに座した巫女姿の母さんがいて、母さんは手に持った鈴を一定の間隔で鳴らしはじめた。

 そして花姫様はすう、と深く息を吸ったかと思うと、空に手のひらを向けて、『なにか』を唄うように唱えはじめる。


「♪~……」


 僕には――いや、人間には到底発音はできないであろう、独特なことば

 父さんに尋ねたら、『この世界がずっと幸せに続きますように』みたいな意味らしいよ、と教えてくれた。


(なんだか、いつものはなひめさまとちがう……)

 いつもはくるくる、ぱたぱた動くかわいいお姉さんという感じなのに。

 神々しく慈しみにあふれた表情、流れるような美しい所作。まとう空気すら麗しく感じられるような、彼女を構築するすべてに。

 見惚れて、しまった。


 ぽおっとしながら眺めていると、次第に彼女の周囲へいくつもの光が宿ってゆき、そのあたたかな灯りはやわらかく瞬いて、一帯へ溶けた。


「……!!」

 僕は、そのときの感動を生涯忘れない。

 こんなに美しいものが、現実にあるなんて。


 僕が身動みじろぎできずにいると、儀式を終え、僕に気づいた花姫様がにこっ、とこちらに笑いかけてくれた。

 艶やかな長い髪に結わえられた、桜を模した飾りがしゃらりと揺れる。ふんわりと花がほころぶような笑顔だった。

 その刹那心の中でなにかがして、それが一体なんなのか、当時はわかるはずもなかったけれど。


 あれは、思いかえすと間違いなく、本能の『合図』だった。


 歳を重ねるにつれて確信することになる。

 僕が、『天使』?

 とんでもない。


 その言葉は、花姫様にこそ相応ふさわしいんだ――。


 今も本気で、そう思っている。

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