第41話 何を思い出せばいいんだ?

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 朝だというのに、物凄いため息をつきながら歩いている人がいた。


 何を隠そう、綾香ちゃんだ。


 しかも・・・どういう理由なのか分からないけど、昨日までは僕の左側に立っていたはずなのに、今日に限って僕の左に立とうとしないのだ。


 今日も3人が並んでいるのには違いないのだが・・・いつもは僕が真ん中に立ってるのに、今日の真ん中は姉さんだ。僕が姉さんの左、綾香ちゃんは姉さんの右に立っている。

 つまり、意識して綾香ちゃんが僕と距離を置いてるのが見え見えだ。だから姉さんの表情も今日は曇ってる・・・

 そんな姉さんが僕に耳打ちした。

「・・・あんたさあ、アヤちゃんが怒ってるわよ」

「そんなのは誰が見ても明らかです」

「誰に対して怒ってると思う?」

「そんなのは誰が見ても僕に決まってます」

「じゃあ、何で怒ってると思う?」

「そ、それは・・・」

 僕は姉さんの3つ目の質問に答える事が出来なかった。


 いや、99.99%、理由は分かっている。


 綾香ちゃんの優先順位が方広寺さんより下なのが不満だとしか思えない。


 でも、恐らく綾香ちゃんも気付いているはずだ・・・僕の行動の最優先順位は10年前も今も変わってない。


 僕の最優先は姉さんだ。


 でも、朝倉さんはそれが我慢できなかった。その証拠に、朝倉さんが僕と別れた理由に挙げた位なのだから。朝倉さんとしては、自分を最優先で姉さんを2番目にして欲しかったのだろうけど、姉さんがあまりにも僕に構い過ぎて、僕も姉さんに合わせているから、朝倉さんが不満を爆発させてしまったとしか思えない。


 あくまで僕の考えですけど、僕の方が姉さんに合わせている(と思ってます)。


 姉さんはそれに気付いているのだろうか?


 ただ、朝倉さんは姉さんと距離を置いてない。ある意味、女子だけのバンドを作るという点では姉さんと意見が一致しているから、るのだと思ってる。あー、でも、これは僕の勝手な想像であって朝倉さんに確認を取った訳ではないよ。

 姉さんも朝倉さんも、それに南城さんも、方広寺さんが入部届を書くまで(だと思いますけど)僕に一切干渉してない。いや、他の二人はともかく、姉さんはわざと学校では僕の姉として振舞ってるようにしか思えない。

 でも・・・姉さんの事だから、仮に方広寺さんが入部届を出して女子ロックバンドサークルの4人目のメンバーになった途端、手の平を返すかのように僕に構ってくるのではないかなあ。


 そんな姉さんが「ヨシノンと付き合え」と真顔で言ったのを、僕はどう解釈すればいいのだろう・・・


「・・・ユーちゃんはどう思ってるんだ?」


 僕の思考を中断するかのように綾香ちゃんが話し始めたから、僕も姉さんもマジマジと綾香ちゃんを見てしまった。

 でも、綾香ちゃんは前を見ていて、僕の方を全然見てない。

「・・・どう思ってる、とか言われても、何について『どう思ってる』のを聞きたいのか僕には分からないよ」

「・・・今朝の耕平君の言葉だよ」

「耕平の言葉?」

「幼稚園児というのは、ある意味、自分に正直だ。でも、それが10年も続くなら褒めるべきだけど、恐らく10年も経てば忘れるか、あるいは別の事に興味を持ってしまって、今とは全然違う事に熱中するだろうね」

「・・・綾香ちゃんは何を言いたいの?」

「ユーちゃんは幼稚園児にあんな事を言われても、全然思い出さないんだね!」

 そう言うと綾香ちゃんは初めて僕の方を見たけど、その表情は明らかに怒っているとしか思えない!

「・・・思い出す、とか言われても、正直、僕は何を思い出せばいいんだ?」

Quitクゥイトゥ beingビーイング soソウ indecisiveインディサイシヴ!」


 綾香ちゃんが怒鳴るかのように大声を上げたから、僕も姉さんも思わず立ち止まってしまった。

 でも、綾香ちゃんも直後に『ハッ!』という表情をして「ゴメン、ボクも言い過ぎた。悪かった」と言って頭を下げたから、僕も姉さんも思わず顔を見合わせてしまった。


 結局、綾香ちゃんはその後は一言も喋らなくなった。


 綾香ちゃんが再び口を開いたのは教室に入ってからだった。

 そこからは普段通りの綾香ちゃんだったけど、何となくだが無理して普段の自分を演じているように思ったのは僕だけだろうか・・・その証拠に、今日の午前中の授業は、綾香ちゃんは何度も「はーーー」とため息をついてたから、逆に僕の方が気になって全然授業に集中できなかったくらいだ。


 多分だけど、今朝、綾香ちゃんが英語で怒鳴った言葉・・・僕は全然意味を理解できなかった。というか、あまりにも早口で、しかも怒鳴り声だったから姉さんも何を喋ったのか全然分からなかった程だ。普段の姉さんなら綾香ちゃんと英語で会話をする時もあるけど、その姉さんでも聞き取れなかった程の言葉だ。

 それが今の綾香ちゃんの気持ちを代弁していたんだと思う。でも、本当は『言うべきではなかった』と後悔してるんだろう。

 ただ、「幼稚園児は」とか「思い出さないんだね」という言葉をそのまま当てはめて考えれば、10年前、僕は綾香ちゃんと何かの話をしていて、それを僕は忘れているけど綾香ちゃんは今でも覚えているとしか思えない。

 綾香ちゃんが何をのかが分かれば、僕が何をのかが分かれば、僕も考え方や行動を改める事が出来るんだろうけど、それが分からないうちは・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る