第26話 学校は天国(?)

 僕は姉さんにニコッとしながら問いかけたけど、姉さんは「はーー」と短くため息をついた。

「ぜーんぜんダメ!先週は毎日、暇を持て余してたわよー」

「そうですか・・・」

「だってさあー、第二音楽室の扉を開けっぱなしにして『いつでもウェルカム!』状態で待ってるのに、第二音楽室を覗いてくれる人どころか階段を上がってくる足音も全然聞こえないんだよー」

「仕方ないと思います。旧校舎そのものが『僻地へきち』とまで呼ばれている所ですし、その最上階ともいうべき3階にあるのは第二音楽室のみ。まさに『僻地中の僻地』ですよ」

「かもねー。『桜高の僻地』第二音楽室の面目躍如ねー」

「姉さんたちのライバルとも言うべき『世界神話創世隊』の活動場所の小ホールとは、天と地ほどの差がありますねー」

「だよねー。あそこは集会場というかミニコンサートホールだもんねー」

「小ホールは本館1階にあるし、1年生は登下校の際に絶対に前を通るから横目で様子を見る事が出来るから、言い換えれば毎日リハーサルやライブの様子を見れるのと一緒ですね」

「菜々子が言ってたけど、北条先輩や咲耶先輩たち『世界神話創世隊』の肝が据わっている最大の理由が、毎日の練習風景を観察されているに等しい状態だから、否応なしに鍛えられているってね」

「それに引き換え、誰も来ない第二音楽室では、気を引き締めるどころかしていても、下手をしたら誰も咎めないんじゃあないですか?」

「あー、それは言えてる。だって、練習とか言っても半分以上の時間は女子3人によるだもんね」

 そう言うと姉さんはマフィンに手を伸ばしたけど、たしかに姉さんがボヤくのも無理ない。誰にも見られてない状況で、それでいて誰からも期待されてないとあれば、どうしても気が緩むのは仕方ないと思う。

「・・・それにさあ、この学校は購買で堂々と春花堂しゅんかどうの和菓子や洋菓子を売ってるし、放課後は自動販売機で菓子を売ってるから、隣のジュースやお茶の自販機とセットで買い込んじゃうのよねー」

「仕方ないですよー。僕たち男子から見たらかもしれないけど、女子にとってみれば昼休みと放課後の桜岡高校は天国ですよ。全国の公立・私立を問わず、学校内で和菓子や洋菓子を食べることを奨励しているのは徳川学園の4つの高校だけですからねえ」

「だよねー。同じ中学だった明美ちゃんが春休みの時に「わたしも桜岡高校にすれば良かった』とか言ってたよ。弘明君や佐々木君も同じ事を言ってたから、他の学校から見たら桜岡高校は天国かもねー」

「それに、学校前の春花堂の支店に行って生徒手帳を見せれば会計が3%引きになるから、実質、消費税2%で買えるのと同じですよ。わざわざ親御さんたちが子供を連れて学校前の春花堂の支店へ行って『うなパイ』を買い込んでいるって、もっぱらの噂です」

「あー、それ、事実よ」

「マジ!?」

「だってさあ、香澄さんのお婆ちゃんがその方法で御歳暮や御中元のコスト削減に努めているって」

「凄腕弁護士事務所だから、御歳暮や御中元に使う費用も半端じゃあないって事ですかねえ」

「だと思うよー」

 たしかに桜岡高校の、特に女子生徒の購買力は凄まじい。昼休みだって食堂にデーンと居座ってビスケットや大福餅などを摘まみながら長々とトークを展開しているし、放課後は自販機一杯に入っていた菓子が毎日売り切れ続出で、それでも欲しい子は学校前の春花堂の支店に買いに行くほどだ。校内での販売価格は学生価格という事で支店での販売価格より1割から2割も値引いてるから、いくら3%引きとはいえ校内価格より割高になるけど、それでも支店で買う子は結構いる。それに、春花堂といえば『うなパイ』だけど、これだけは校内で販売してないから、どうしても欲しい時は支店で買って校内で食べるほどだ。

 いずれにせよ、桜岡高校のキャッチフレーズ『校内でお菓子を売ってます。昼休みはトークしましょう』を教職員一丸となって推し進めていると言っても過言ではないのだ!

「・・・ゆーすけー、コーヒーのお替りが欲しいんだけどー」

「あー、はいはい。僕もそろそろ欲しいと思ってたんですー」

「じゃあ、悪いけど頼むよー」

「りょーかい」

 マイスドではアメリカンコーヒーのお替りは自由だ。時間帯によっては店員さんの方から「コーヒーはいかがですか?」と言ってお替りのサービスをしてくれるけど、この時間帯は混雑しているから自分たちでカウンターに行くしかないのだ。

 僕は本当は桜井さんにお願いしようと思ったんだけど、彼女はレジ対応で大忙しだったから、別のバイト店員と思われる人が丁度目の前に来たから「お替りお願いしまーす」と言ってコーヒーカップを差し出した。その店員さんは「はーい、少々お待ち下さい」と言ってコーヒーカップを両手に持ってカウンターの奥へ行った。砂糖とミルクはセルフだけど僕も姉さんもミルクだけだから、姉さんの分と合わせて2個、手に持つと店員さんが戻ってきて「お待たせしましたー」と言って僕にコーヒーカップを手渡したから、僕は急いで席に戻った。

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