第22話 強力なライバル

 翔真と香澄さんは説明会終了と同時に席を立った。

 二人とも立ち上がる時は無言だった。

 

 1年生は帰りのショートホームルームがあるから各々の教室へ続々と向かってるけど、2年生と3年生は既にショートホームルームは終わってるから普通の放課後だ。


 部・同好会合同説明会が終わった事により体験入部が解禁になった。

 僕は帰宅部扱いだから2年生だけど体験入部出来る権利がある。綾香ちゃんは転入生だから当然権利がある。

「・・・綾香ちゃーん、どこか体験入部していくのー?」

 僕がそう綾香ちゃんに聞いたら、綾香ちゃんは「うーん」とちょっとだけ考えたけど直ぐに首を横に振った。

「あれー、どの部にも興味がなかったのー?」

「ユーちゃん、そうじゃあなくて、どうしても体験入部しなければならないという規則は無いんでしょ?」

「あー、たしかにそうだけどー」

「ボクは特定の部に決めているような事はないから白紙の状態だけど、1年生だって、どの部や同好会にも所属しないという選択肢もあるし、逆に幾つかの部や同好会の体験入部をしてから決めるでも、それは個人の自由だよねえ」

「そうだよー」

「なら、別にいいよねー」

「そうだね、じゃあ、帰ろう」

「そうだね」

 そう言うと僕と綾香ちゃんは立ち上がったけど、既に講堂に殆ど人は残って無くて、生徒会執行部のメンバーや手伝いの3年生の数人が、椅子を片付けているところだった。

 僕たちは片付けの邪魔になるから講堂から出ようとしたけど、その僕たちに向かって「おーい」と声を掛けてきた人物がいた。それは・・・北条ほうじょう先輩だ。

「・・・君が噂の転入生の龍潭寺りょうたんじさんだね」

 そう北条先輩は言うと綾香ちゃんに右手を差し出したから、綾香ちゃんも右手を差し出して二人は握手した。

「はじめまして、龍潭寺綾香です」

「生徒会長の北条政美まさみだ。桜高の生徒会を代表して君を歓迎するよ」

「ありがとうございます」

 そう言うと二人は手を離したけど、北条先輩はさっきまでの魔物のような目とは打って変わって、生徒会長の凛とした目だ。北条先輩の今の立ち振る舞いは『桜高の女王陛下』を彷彿させる毅然とした態度そのものだ。

「・・・教頭先生から聞いたけど、桜岡女子高校の時代にまで遡っても海外からの転入生を受け入れたのは龍潭寺さんが初めてらしい」

「えーっ!そうなんですかあ?」

「わたしも最初に聞いた時は『日本語が通じるのかなあ』と正直思ったけど、生まれが浜砂と知って安心したよ。それに今も普通に会話出来ているからホットしているというのが本音だよ」

「大丈夫ですよー。ただ遠州弁は自信ないですけどねー」

「うちのクラスの英会話同好会の連中が、君がロンドン帰りだと知って同好会に誘いたがっていたよ」

「そうなんですか?たしかに2年A組にも英会話同好会の人がいて、熱心に誘われたのは認めますよ」

「どの部や同好会に所属するのかは君の自由だ。本音を言えば我が『世界神話創世隊』の隊員になって欲しいけど、わたしは強制する気はないから、気に入ったところに入ればいい」

「ありがとうございます」

「困った事があったら、いつでも3年B組か生徒会室に来てくれ。場合によっては校長先生や父にも相談して便宜を図ることにするよ」

「分かりました。その時にはよろしくお願いします」

 それを最後に北条先輩は右手を軽く上げて片付け作業に戻って行ったから、僕と綾香ちゃんも講堂を後にした。


 僕は教室を出る時に鞄を持ってきたから講堂にいた時も鞄を持っていた。当然だが綾香ちゃんも同じだ。

 姉さんの事が気になったのは事実だけど、姉さんのところへ行けば否応無しに朝倉さんと顔を合わせる事になる。だから説明会が終わったら、そのまま帰るつもりだった・・・けど、理由は分かりませんけど綾香ちゃんが「一緒に帰る」と言い出したから、綾香ちゃんの好きにさせた。


”カンカンカンカン・・・”


 僕と綾香ちゃんは『桜岡高校前』駅の踏切で電車が来るのを待っているけど、綾香ちゃんは学校を出てからも、ずうっとニコニコしている。何かいい事でもあったのかなあ・・・

「・・・そういえばユーちゃん」

「ん?どうした?」

「さっき会った生徒会長の北条先輩、あの人がメグたちのrivalライバルだというのは分かったけど、たしかにあれだけ2年生や3年生から熱狂されているhardハード rockロックに対して、メグたちは女の子らしいsoftソフト路線で勝負してるから全く対照的なrockロック bandバンドだけど、普通に考えたら北条先輩たちに敵う訳がないよね」

「だろ?だから強力なライバルだって言った筈だけど・・・」

「『障害』の意味は何となくだけど分かったけど、どうして 『理解者』なんだ?」

 綾香ちゃんは僕の顔を覗き込むようにして聞いてきたけど、僕は「はーー」と軽くため息をついてから

「あの北条先輩が父親を経由して理事長に掛け合って、『glassグラス slippersスリッパーズ』の楽器を学校の備品として用意してくれたんだよ」

「マジ!?この学校の生徒会長はそこまで出来るの!?」

んだよ」

「へ?」

「北条先輩は『うなパイ』で有名な春花堂しゅんかどうの社長令嬢だよ」

「えーーー!!!!」

 綾香ちゃんがいきなり大声を上げたから、踏切の前にいたおばさん達が一斉に綾香ちゃんの方を向いたほどだ。

 そんな僕たちの前を新浜砂行きの電車が通って駅に入ったから遮断機が上がり、僕と綾香ちゃんは歩き始めた。

「・・・ホントだよ。1男4女の5人きょうだいの末っ子だけど、ワンマン理事長の徳川とくがわ家安いえやす理事長といえども北条先輩のお父さんには頭が上がらないんだよ」

「それって、どういう意味?」

「今朝、『定員割れが続いたから女子校から共学にした』という話をしたのを覚えてる?」

「うん」

「無理して共学化して学校の規模を大きくしたんだけど、その結果、逆に経営危機になっちゃったから、たしか一昨年だったと思ったけど春花堂が学園のスポンサーになる形で出資をしたんだよ」

「へえー」

「その見返りとして、春花堂は桜岡高校やその兄弟校での和菓子や洋菓子の独占販売権を得たから、売り上げに加えて宣伝効果も考えれば十分過ぎる程のお釣りが来るって、もっぱらの噂だよ。だから北条先輩のお父さんは学園の影の理事長と言っても過言ではない」

「あー、たしかに・・・」

「浜砂の経済界の重鎮はスズイ自動車の会長だけど、今の浜砂経済同好会の会長は北条先輩のお父さんなんだよ。だから浜砂の経済界の顔でもあるね」

「そうだね」

「北条先輩のお父さんを始めとした春花堂の役員3人が徳川学園の外部理事として名を連ねているけど、理事長を含めて理事は6人しかいないから、北条先輩のお父さんの機嫌を損ねたら学園そのものが潰れかねないからワンマン理事長の徳川理事長も北条先輩の機嫌取りをやらざるを得ないんだよ」

「影の理事長の末っ子が生徒会長だから、校長も理事長もやりにくそうだね」

「だろうね。ただ、普段の北条先輩は『女王陛下』とまで言われるくらいに毅然とした態度を取っているし、社長令嬢だからと言って高ビーなところは全然ないからあの美貌と相まって生徒からは『お姉さま』みたいに慕われてるよー」

「ふーん」

「ついでに言えば、その北条先輩と3年生の人気を二分する木ノ葉このは咲耶さくや先輩は、鴨川観音の住職の娘だよ」

「マジ!?」

「ホントだよー。だから咲耶先輩も彼岸の時や観音様のお祭りの時には人手が足りないから巫女のバイトしているくらいなんだよー。僕も去年の秋の彼岸の時、実際に咲耶先輩の巫女装束を見たよ」

「だから『かぐや姫』と呼ばれてるのか・・・」

「そういう事。巫女装束を十二単じゅうにひとえに着替えたら、そのまま『かぐや姫』になりそうだからね」

「その二人がhardハード rockロックをやってるなんて、絶対に想像出来ないね」

「だろ?だからそのギャップもあって『世界神話創世隊』の人気は凄まじいんだ。去年の学園祭『桜高祭ブロッサム・フェスティバル』ではXエックス ZIPANGジパング凄鬼魔Ⅱせいきまつも真っ青なくらいのド派手なメイクでライブをやってるし、市内のライブハウスでも去年だけで2回やってるよ。嘘か本当かは知らないけど、北条先輩のお父さんの伝手で大手芸能プロダクションに売り込みをして、今度コンテストに出るとかの話も聞こえてるよ」

「はあああーーー・・・そんなbandバンドを相手にしてるんじゃあ、メグたちに勝ち目はないよなあ」

「そういう事。朝倉さんがバンドを立ち上げる話を学校側に持ちかけた時に、反対どころか手を差し伸べた北条先輩のふところの深さには感謝しないといけないけど、その壁は高すぎるのさ」

「ユーちゃんの言う通りだね・・・」

 その後は僕も綾香ちゃんも淡々としていて、家につくまでは特に会話らしい会話をしなかった。

 綾香ちゃんは僕の家に上がり込む事もなく「また明日ねー」と言って帰っていった。


 そういえば・・・今朝の占いで僕と姉さんの双子座は『波乱の予感がします。強力なライバルが出現するかもしれません』と言っていた・・・


『出現するかも』どころか、それ以前から姉さんたちの強力なライバルだったのは事実だけど、その強さというか壁を改めて見せつけられた格好だ・・・


 まあ、姉さんが本当に『三つ編みのツインテール』にしていたところで結果は見えていたのかもしれないけど・・・

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