第9話 聖域なき構造改革(?)

 しかも、僕も姉さんも思わず一緒になって歓声を上げたほどだ。それくらいに桜高の制服を着た綾香あやかちゃんは昨日以上のインパクトがあって、まさに話題独占の転入生!

 その綾香ちゃんがニコッとした瞬間、『ウォーーーーーー!!!』と男子から一段とヒートアップした歓声がして、女子からも『キャーーーーー!!!!』と黄色い歓声が上がった!!

「おーい!他のクラスの迷惑になるから静かにしろー!」

 飯田いいだ先生が甲高い声で叫んだから歓声だけは収まったけど、騒めきは残ったままだ。そのくらいの衝撃的な登場の綾香ちゃんは教壇の横に立ってるけど、男も女も綾香ちゃんに夢中になっているとしか言いようがない!

「あー、クラス名簿が掲示されてるから名前は既にみんなも知ってると思うが、改めて転入生を紹介する!龍潭寺りょうたんじ綾香さんだ」

 飯田先生はそう言って左の掌を上にしながら綾香ちゃんを紹介したが、その途端にA組の連中から一斉に『ウォーーーーー!!!』という歓声と共に割れんばかりの拍手が起きた。まあ、僕も姉さんも例外に漏れず一緒になって騒いでたけど。

「はじめまして!龍潭寺 綾香です。浜砂市の出身で、父の仕事の関係で札幌に4年、その後はLondonロンドンに6年いたけど、今日から伝統ある桜岡高校の2年A組でみんなと一緒に過ごす事になりました。ボクが日本の学校に通うのは小学校以来になるけど、よろしくお願いします」

 綾香ちゃんはそう言って軽く頭を下げたけど、その瞬間、再びクラス中から歓声が上がったのは言うまでもない!

「おい、帰国子女きこくしじょだぞ!」

「しかもボクッ子だあ!」

「最高!」

 またまたクラスの連中がキャーキャーと騒ぎ出したけど、その時に「質問がありまーす!」と言って一人の女子が手を上げた。おいおい、南城なんじょうさんかよ!?しかも目がキラキラと輝いてる!

「あのー、龍潭寺さんに聞きたいのですが、もしかしてハーフですかあ?」

「ううん、違うよ。ボクのお母さんのお父さんがIrishアイリッシュ Americanアメリカンだからquarterクオーターだよ」

「「「「「「「「「「クオーター!」」」」」」」」」

 綾香ちゃんの『クオーター』という発言に再び教室中の連中がキャーキャーと歓声を上げている。勿論質問した南城さんも手を叩きながキャーキャー言ってるし、この時ばかりは隣の翔真しょうまと一緒になって(?)大はしゃぎしている始末だ。僕と姉さんは知ってたから特に何も反応してないけどね。

「おーい、お前らー!ハーフでもクオーターでもいいけど他のクラスの迷惑になるから、いい加減にしろー!」

 飯田先生はぶっきら棒に言い放つと綾香ちゃんに席に座るよう促したから、様々な反応を示すクラスの連中を尻目に綾香ちゃんは自分に与えられた席、つまり僕の右側にまで来たけど、全員の視線は綾香ちゃんに集中したままだ。その綾香ちゃんは座席に座る直前、僕の方を向いてニコッと微笑んだ。


「ユーちゃん、よろしくね」


 そう言って綾香ちゃんは座ったけど、クラスの男子連中は一斉に怒号を上げた!

「おい雄介ゆうすけ!貴様、転入生と知り合いか!!」

「しかも『ユーちゃん』とはどういう意味だあ!」

「お姉さんに続いて転入生とも知り合いだとは不届き千万だあ!」

「日本の恥!」

「オレと席を替われ!」

「雄介!貴様はそこに座る権利はなーい!」

 おいおい、何で僕がお前らからブーブー言われる必要があるんだあ?しかも僕と綾香ちゃんが隣り合わせの席に座るのはホントに偶然だ。意図して僕の隣に座らせる事が出来る訳ないだろー!


 ようやく教室内が静かになったところで、飯田先生が喋り出した。

「あー、去年の1年E組からH組だった連中は先生の授業があったから知ってるとは思うけど、A組からD組の授業は受け持ってなかったから、この場で改めて言っておくぞー」

 そう言うと飯田先生はニヤッとしたから、僕は内心「おいおい、をイキナリするつもりなのかあ!?」と危惧したけど、それは10秒もしないうちに現実になった!

「いいかあ、これだけは言っておく!この飯田奈緒なお、君達42人と一緒にこの1年を楽しく過ごしたいと思っている!そのためには、君たちの頭の中も『聖域なき構造改革』が必要になってくるとだけ言っておく!聖域なき構造改革とは何なのか、それはズバリ、ジャイアンツの事である!!まずはこの2年A組にジャイアンツファンがいない事が絶対条件だあ!!ジャイアンツファンだという生徒はこの1年だけでいいから、タイガースを応援する事を切に願う!!先生はタイガースを愛する生徒は歓迎するが、ジャイアンツを愛するなどというを吐く生徒は、わが2年A組の『抵抗勢力』であり歓迎できーん!!!」

 はーーーー・・・いきなりこれは無いだろー。

 D組だった朝倉さんを始め、去年A組からD組だった連中は口をぽかーんと開けてるし、それは綾香ちゃんも同じだ。姉さんや南城さん、それに香澄さんも翔真も、去年は飯田先生の授業を受けている連中は全員が笑いを堪えるのに必死だ。その証拠に姉さんの肩が小刻みに揺れている。僕から言わせればタイガースこそ聖域だけど、それを飯田先生の前で言うと有無を言わさず生徒指導室へ連れていかれるから黙っていることにします、ハイ。

「先生はタイガースをこよなく愛し、タイガースのリーグ優勝、いや、悲願の日本一の為にはどんな苦労をもいとわぬ!!去年は惜しくも4位でAクラスになれなかったけど、定位置などと揶揄された6位からは脱却出来たから、今年こそ昭和63年以来のリーグ優勝!そして日本一だあ!!」

 そう、この飯田先生は熱狂的なタイガースファンで、職員室の自分の机の上には常にタイガースのメガホンが置いてあるし、机の引き出しには携帯用ラジオとイヤホンまで入ってるのだ。去年の夏休みには本当に甲子園球場へ行って、タイガースの選手がホームランを打った時に熱狂したシーンがテレビの全国放送で流れた程だ。しかもタイガースが勝った翌日の授業は物凄く活舌で上機嫌なのに、負けた日の翌日はぶっきら棒もいいところだし、連敗中は些細な事で超不機嫌になる事でも有名なのだ。

 そんな飯田先生のあだ名は『奈緒とら』『奈緒虎先生』だ。タイガースが勝った翌日は『奈緒虎先生』と呼ばれてもニコニコ顔なのは事実だけど、負けた翌日に『奈緒虎先生』などと呼ばれると、途端に生徒指導室へ連れていかれるという噂(実話?)もある程だ。だから、この学校の生徒は前日のプロ野球の結果を確認するのは必須事項(?)である。


 えっ?だから今でも独身なのかって?まあ、そこは・・・僕の口からは言えません、ハイ。


作者注釈:

 Irishアイリッシュ Americanアメリカンとはアイルランド系アメリカ人のことです。

 quarterクオーターは直訳すると4分の1。

 綾香の母親は、アイルランド系アメリカ人の父(綾香から見たら祖父)と日本人の母(綾香から見たら祖母)の間に生まれたhalfハーフですから、halfハーフの母親と日本人の父親との間の子である綾香はアイルランド系アメリカ人の血が4分の1混ざっているquarterクオーターです。

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